1 泰明(TAIMEI) ばたばたと図書館から真っ赤な顔で走っていく五十嵐 駿也の姿を見かけた。
泣き出しそうな表情。
小さい頃は可愛かったのに…。
いや、外身だけは今だって十分可愛いとは客観的には思うけれど…。
なんでああなっちゃったかな…?
六平 泰明(むつひら たいめい)は一重の目で五十嵐の後姿を見た。
まぁ、別に関係ないか、とその時はさして気にもしなかった。
「由梨が来月婚約する事になったの!泰明も出席するようにね!」
夕食の時に意気揚々と母親に告げられた。
そういえば姉の由梨がお見合いだなんだと騒いでた時があった、と思い出した。
嫌だのなんだの、と泣いて騒いでいたのに婚約?
その姉はデートなのかなんなのかまだ帰ってきていないらしい。
「お見合いした相手?」
「そうよ~」
一応一条のグループの社長夫人である母親だけど、いたって普通のオバサンで専業主婦。パーティの時なんかは父親について出席したりはするけどそれ以外は普通よりいくらか裕福という感じだろうか?
「……どこの家だっけ?」
「同じ一条の傘下グループの五十嵐の家よ」
…五十嵐?って…もしかして…。
「由梨の旦那様になる裕也(ゆうや)くんにもあなた位の弟さんいたはずだけど…。秀邦に。知らない?」
「……知ってる」
やっぱ五十嵐 駿也の兄か…。
五十嵐 駿也の縁戚になるのか。
縁戚になったとしても自分には関係ないけど…。
今日の泣きそうな顔をして走って行った五十嵐の姿を思い出す。
「まぁ、弟といっても裕也くんとは半分しか血が繋がってないみたいだけど」
「え?」
「どこかに産ませた子らしいわよ?」
…それは知らなかった。
「長男の裕也くんがかなり出来た方みたいだし、仕事もばりばりこなすしカッコイイし、で由梨は夢中みたい」
「…あっそ」
女なんていい男を見ればそんなものだろう。あんなにお見合いなんて嫌だと騒いでこれだ。まったく。
まぁ、それにしても泰明にはなんも関係がない事だ。
勝手にすればって感じ。
学校内で見かける五十嵐は兄嫁になるのが泰明の姉だと知っているのか知らないのか。
本来なら1年生とは校舎の棟が違うはずなのに五十嵐のクラスだけ泰明達2年生と同じ校舎の棟だったのでたまに廊下ですれ違う時がある。
けれども泰明の五十嵐を特別気にもしないし、五十嵐も泰明を見もしない。
いつもつんとして五十嵐は一人でいる。
中学のころからサッカー部の奴らが五十嵐を囲んでいたけどそれもなくなったらしい。
ずっと学年一可愛いと小学校の頃からもてはやされてきたのに、今年外部で入ってきた三浦くんにその座を奪われた、と誰もが言っていた。
小学校からずっとエスカレーター組で進級している者が多いので外部組以外はほとんど皆見知っている。
三浦くんねぇ、と生徒会長でもあり、傘下グループの統帥でもある一条の後継者である一条 和臣の特別らしい三浦くんと頭の中で比べてみる。
別にどっちが可愛いか、なんて泰明にはどうでもいいことだけれど。
なにせ、ずっと男子校で男しかいないからそんな事で騒ぐんだ。
男が男にかわいいって騒いでどうなんだ?
…と泰明は呆れるだけだ。
一応泰明は生徒会役員で会計を任されている。
一条会長に名指しで言われたのだからそれなりに評価は貰っているはず。
この学校にいるほとんどの者が皆、家から一条会長に顔を覚えてもらえ、あわよくばお近づきになれと言われているはず。
一条の力を考えればそれも分かるけれど…。
家だ、しがらみだ、と面倒な事だ。
釣り合うの、釣り合わないの、だの、ウチの方が格上だのと…。
よく言えば泰然自若な泰明にとってはくだらない事だと思うのだが。
「六平、今日の役員会だが…」
隣のクラスの会長が泰明のクラスに入ってくるとクラスが活気に満ちる。
周りの目が光っている。
よくもまぁ、この人はいつもこんな目の中心にいて平気なものだといつも感心してしまう。
「……なんだ?」
「いえ」
思わずそんな目で会長を見ていたのだろう、会長が片眉を上げた。
これだけでもこの人に敵うはずがない。
やはり君臨する側に生まれてきた人なのだろう。
いつでも堂々としたものだ。
思わず何事にも無関心な泰明でも会長は尊敬してしまう。
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