1 泉(IZUMI) 廊下を五十嵐くんと八月朔日(ほずみ)が一緒に歩いていたのに七海 泉(ななうみ いずみ)は思わずじろりと五十嵐くんを睨んだ。
この子はいったい六平(むつひら)と八月朔日(ほずみ)のどっちが好きなんだ?
ずっと1学年下で可愛いの座を保持していた五十嵐くんに苛立つ。
可愛いなんて泉は思った事はなかったが。
大体にして男に可愛いはないだろう。
「駿也、どこ行くんだ?」
「音楽室」
六平が五十嵐くんに声をかけると、五十嵐くんがじっと泉の方を見て小さく頭を下げてきた。
それに対して泉はきっ、と五十嵐くんを睨みつけてしまう。
一体なんで五十嵐くんは八月朔日(ほずみ)と一緒にいるんだ?
ちらと五十嵐くんのちょっと後ろに立つ背の高い八月朔日を見た。
八月朔日は高跳びの選手でスポーツ特待で秀邦に入った。人の顔や名前など覚えるのも面倒で人に興味のない泉が八月朔日の練習の姿に思わず見入ってしまうほどこいつは綺麗に、まるで背中に羽が生えているかのようにバーを跳び越えるんだ。
変わった珍しい苗字とあまりにも印象的な跳びで滅多に自分から名前を覚えていようなど思ってもいない泉がすぐに覚えてしまった位。
「た、泰明っ」
「ん?」
五十嵐くんが六平を呼んでそして腕にしがみついたのに泉は内心驚いた。その五十嵐くんの視線はじっと泉を見ている。
「なんだ?」
六平の声がやにさがっている。こいつが五十嵐くんを可愛い可愛い言うのには辟易していたが、五十嵐くんも八月朔日じゃなくてコイツが好きなのか?じっと泉は五十嵐くんの顔を計るように見た。
五十嵐くんが八月朔日とツルむようになったのに苛立って、五十嵐くんを見ないようにしていたのだが…。
「…五十嵐くん」
泉は確認するために口を開いた。
「は、はい?」
「君は六平が好きなの?」
「そ、そうですっ!……けど…?」
「ふぅん」
五十嵐くんが六平の腕に抱きついたまま頷いたのになんだ、そうか、と泉は内心で安堵した。
綺麗に翔ぶ八月朔日に目を奪われてからどうしても泉は八月朔日が気になり、八月朔日の姿をいつでも探すようになっていたが、ちょっと前からそこに必ず五十嵐くんがいるようになったのに苛立っていたのだ。
秀邦では男同士も珍しくはない。幼稚園からずっと秀邦の奴も多いし、男しかいないのだからそれもまぁ分かる気もする。
その中で五十嵐くんは確かに可愛い女役だろう。
だが、そうか…八月朔日じゃないのか。
だからといって高校から秀邦にきた八月朔日にとっては男同士なんててんでおかしな事に見えるだろう。
だが、五十嵐くんが六平に縋っている所を見ても八月朔日は平然としていた。
「五十嵐、授業に遅れるぞ」
「あ、うんっ。じゃね、泰明っ」
八月朔日に声をかけられて五十嵐くんが頷き六平から離れる。
泉がちらと八月朔日を視界の端で見れば、八月朔日が小さく頭を下げて脇を抜け、五十嵐くんと一緒に急ぎ足で廊下を歩いていった。
八月朔日 蓮(ほずみ れん)を気にするようになったのは新年度になってすぐだった。
泉が生徒会室から校庭を眺めていると生徒会室から高跳びの練習をしているのが見えて、あまりにも綺麗な跳び方に目を奪われた。
ひらりと軽々と宙を舞う。
身長が高いのに全然重さを感じさせなくて、しなやかな身体で空中に浮いているような滞空時間で驚いた。
何度も何度も繰り返し練習しているのを泉はただ見ていた。
会長に何を見ている?と聞かれて指差せばああ、八月朔日か、と名前を教えて貰った。
珍しい苗字に人の名前をあまり覚えようとしない泉だが、一発で覚えてしまった。
それに陸上の特待で秀邦に入った事も教えて貰った。
勉学だけでなくスポーツでもと今年はスポーツ特待が多かったらしい。
八月朔日もその一人で、高跳びでも全国クラスで学院からもかなり期待されているという事だった。
暇さえあれば泉はずっと八月朔日の練習を毎日見ていた。
毎日見ていると調子のいい悪いまで見えるようになっていた。
綺麗に空に飛んでいきそうな位に見えるときは調子いい日だ。
調子悪い日は身体が重そうな日。
走りをみただけで分かってしまう。
それ位熱心に見ていた。
あまり人と接するのが基本煩わしいと思う泉がじっと八月朔日の事だけは見ていた。
…見ていただけで話しかけたりとかはなかったのだが…。
一度だけ、インターハイ地区予選前に調子の悪い期間が続いた時、我慢出来なくてつい声をかけた事があったが、話かけたのはたった一回のそれだけだった。
それ以降も泉から八月朔日に話しかける事もなかったし、八月朔日から話しかけられる事もなかった。
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SSの拍手コメントいただいた分を
大海の最終ページのコメント欄開けてお返事させて
いただきました~!
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テーマ : 自作BL小説
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