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白立つ波。 1

 「改めまして、森 孝明(たかあき)です。本日からお世話になります」
 職員室で深々と森 孝明が頭を下げた。

 「担当指導教員はもう知っていると思うが篠崎先生。立派な教職目指して頑張って下さい」
 優しそうな穏やかな印象の校長先生からの言葉に森 孝明は精一杯頑張ります、ともう一度頭を下げた。
 何度か打ち合わせなどで来校したことがあり顔はもう見知っている。
 切れるヤツというのも言葉の端はしや理解力などからすでに分かっている。
 それで果たして生徒に受け入れられるか、と森 孝明を見れば背が高く、眼鏡をかけて真面目そうに見えるが、その眼鏡の下からいい男感がたっぷり出ている。
 これは女生徒にはもてるだろう。
 「森 孝明です。篠崎先生、ご指導よろしくお願い致します」
 「…篠崎 千波(ちなみ)です。僕も指導教員は初めてですが…、こちらこそ」

 やれやれと千波は溜息を小さく吐き出すと、もう一人、女子の教育実習生が挨拶し始めた。
 こっちはなんか軽そうでバカそうだ。
 服装も派手で、そして視線も態度も落ち着きがない。
 それから比べれば森 孝明はすでに教師と言っていいような風格さえ感じられる。
 それはそれで生意気な、とちょっと面白くない気はするが、バカにイライラさせられるよりはずっといい。

 「生徒は中学生という多感で微妙な時期です。実習生といっても生徒から見れば大人で先生という立場です。責任を持ち、頑張って下さい」
 殊勝な態度で実習生二人が頭を下げていた。
 「では各指導教員の指示によって行動して下さい」
 教頭先生の言葉に皆が一礼した。
 「森先生、こちらに。簡単に説明とそれと案内しながら教室行きますので」
 「…はい」
 千波が呼ぶと森 孝明が千波の隣に立った。
 自分よりも頭半分以上身長が高い。
 弟と同じ位か?

 「僕はクラスの担任を持っているのでこれから行くけれど、そこで生徒にも紹介します。実習生室も用意しているので授業がない時はそこで指導案や報告書など作っていてもいいですし、僕は数学研究室にこもっている事が多いのでそっちで一緒でもかまいません。質問等あればいつでもどうぞ」
 眼鏡を触りながら千波が言う。
 自分が人に冷たい印象を与えるという事は知っている。
 人に壁を作っているのも自分で分かっている。
 人から敬遠されるのが常で今までも仲の良い、といっていいような友達もいないのだ。

 「あ、では篠崎先生とご一緒でもいいですか?実習室…だとあのバカ女も来る、って事ですよね?それはちょっと…」
 くす、と千波は思わず笑った。
 コイツもあれをバカ女と見ていたのか。
 「どうぞ。僕はかまわない」
 どうせ実習の3週間だけだ。
 「クラスは2年4組。まぁ、普通のクラスかな」
 お色気振りまくような女をバカ女呼ばわりするのは気に入った。
 先生達の中にはデレデレとバカ女を見てるヤツもいたのは分かっていたから、それから比べたらやっぱりコイツのほうがマトモかもしれない。

 「森先生、階段はこっちで……どうしました?」
 なんか実習生が仄かに顔を赤らめている。
 「いや…なんか先生、ってつけられるのが…」
 千波はまたくすりと笑った。
 「ああ…慣れてください。校長先生も言っておりましたが、生徒からすれば、君も先生ですから」
 「…そうですね、はい」
 あっという間に森 孝明は顔を普通に戻す。
 でも、なんだ…可愛いところもあるじゃないか、と千波は生意気、と思った所はちょっと訂正した。
 浮ついている所も見当たらないし、緊張している様子もない。

 この実習生は当たりかも、と千波はほっとした。
 千波だってまだ教師になって5年だ。
 それで実習生なんて…とも思ったけれど、学年主任の先生になんでも経験で勉強だと諭され引き受けた。
 …実際の所は面倒を押し付けられたのかもしれないが…。
 でも確かに勉強にはなるし、指導教員も出来るとなれば自分の評価にも繋がっていく。
 森 孝明は今の所は優秀だ。
 生徒の前でもこのままでいければなんの問題もないだろう。

 さてどんなものか。
 千波は自分が実習に行った頃を思い出す。
 自分はかなり緊張をしていて何を言ったのかも全然覚えていない位だ。 それでも見た目には落ち着いていてよかったと担当教師に誉められたものだが。
 お手並み拝見といこうか。
 ふっと千波は表情を緩ませた。
 
 

テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学

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