リストランテ・アルコバレーノ。
初めての自分だけの店。
そう、一人でいい…。
あとはバイトでも使えばいいんだ。
川嶋 綾世(あやせ)は小さい店をくるりと見回した。
一人で…に不安もある。
果たして客が入るのか、も勿論不安だ。
席数は20ほど。
でも自分だけの城だ。
内装もやっと終わって食品業者何社かに見積もりを依頼した。
時計を見るともうすぐ午後1時。
今から来る業者は確か地元の小さい業者なはず。
あまり期待はできないかな、と思うけれど。
見積もりはただなので声をかけてみるに越した事はない。
先に全国チェーンの業者に見積もりを取ったけれど、思ったよりも高かった。
店も小さいし、名前もないから仕方ないけれど。
カウベルの音がして店のドアが開いた。時計を見れば午後1時ジャスト。 時間には正確らしい。これは合格だ。
「すみません。1時にお約束していたゴトウ食品ですが」
「はい、お待ちしてました。どうぞ」
綾世は入ってきた男を店の中に招きいれた。まだ若い。
普通見積もりとかだと課長とか役職ついた者が来るのに。
…これはやっぱり失敗かも。
「私、平山と申します」
男が名刺を出してきたので綾世もPCで作った名刺を出す。
「川嶋です」
男の顔と名刺を交互に比べて眺める。
第一印象は大事だ。
名前は 平山 莉央。
りおう?
随分大仰な名前だ。ローマ字で読みが振ってあるので<りお>ではなくてりおう、なのだろう。
背が高い。スーツ姿はスマートだ。見た目はだらしないとこもなさそうだし合格。しかし、どう見ても綾世より若そうだ。
それにちょっと目を惹かれる。かっこいいと言っていいだろう。
「川嶋 綾世(あやせ)さん、ですね」
にこりと莉央が人懐こい笑顔を見せた。
うん、悪くない。
若いけれど落ち着いている。そして自分を見る莉央の視線に嫌な所は見えない。
「…どうぞ」
窓際の客席に勧めると、男、莉央は頷いて座った。
「早速ですが、見積もりのほうを…」
無駄話をしないのもいい。
鞄から男が見積もりを出してきた。
始めはあらかじめ日常的に使うだろう食品だけの見積もりを依頼した。 それで値段設定を見るためだ。
綾世は男に手渡された見積もり表を見て驚いた。
大手とさほど変わらない値だ。
「……これ、採算合うんですか?」
思わず綾世は莉央に向かって口を開いた。
「え?ああ…どうにか、ってとこです」
男が苦笑している。
「地元の小さい業者にしたら頑張った値でしょう?」
どこか誇らしげに言うのに思わずくすりと綾世は笑った。
ちゃんと他社の見積もりの想定も考えているらしい。
でもこんな小さい店だったら大口でもないのに無理する必要がないと思うのだが。
思わず綾世が首を捻ると莉央がこめかみをかきながら口を開いた。
「あのですね、実は俺の住んでいるマンションがこの近くなんです。それでここの前を毎日通ってて…。何の店だろうと気になっていたんです。毎日出来上がっていくのを楽しみにしてて…。そしたら思わず見積もり依頼が入って…。なんか俺個人の事なんですけど、嬉しくて、頑張ったつもりなんですけど…?」
綾世は毎日見ていたと言う男に目を見開いた。
開店前からこうして見てくれている人もいる。
それに心が少し楽になった。
「ありがとうございます」
「いえ、俺もそうしたら、近くでご飯食えるとこ出来るかなぁ、と思って嬉しかったんで」
綾世の気負った心の中が少しだけ解(ほど)けた。
値段も文句もない。
「少し考えさせていただいてもいいですか?」
「ええ!勿論です!」
莉央が破顔した。男も感触は悪くない、と感じたのだろう。
「あっ!」
突然男が外を見て大きな声をあげた。
「あ…川嶋さん、見てください!虹ですよ」
え……?
綾世は莉央が指差した外に窓から視線を向けた。
「…本当だ」
「いいですね!川嶋さんのお店を祝福してるんですかね?」
「え?」
「だってアルコバレーノってイタリア語で虹、でしょう?」
「……よく知っている」
「いいえ!調べたんです!ここの店に名前がかかった時にどんな意味だろうと思って。……あ、すみません。気色悪い、っすかね?」
莉央が慌てたように言うのがおかしい。
「いや。嬉しいよ…。店が出来るのを心待ちにしているという事だろう?」
「ええ!ここらは食べるとこあんまりなくてホント困ってるんです」
うん…。悪くない。
しかも虹まで出たんだ。これは決定だろう。
綾世は心の中で頷いた。
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