「ちょっと!王子来たよ!」
「え!あ!すぐ行く~!」
…王子?
「なんだ?王子って?」
三塚 絋士(こうし)が店のバイトの子に声をかけた。
「近くの高比良ピアノ教室の先生!たまに来るんです!綺麗でカッコイイの!」
キャーと小さく声を上げながらバイトの子二人が急いで店に戻るのに絋士も興味を惹かれそっと店が繋がるドアから覗いてみた。
……なるほど…。
バイトの大学生が騒ぐのも頷ける。店頭のショーケースを覗き込んでいた男は確かに王子サマのような感じだ。栗色の髪がふわふわとウェーブして、線が細く、綺麗で整った顔をしている。
…しかし…男だよな…?ピアノの先生?それに、しかも…ケーキ屋でケーキを真剣に覗き込んでいる…。
浮いてる…。
…それに買い物に来ていた主婦や店員皆がちらちらとその〝王子〟に視線を向けている。
…気付いてるのか?ないのか?
「あの!」
ほんの少し上擦った声とほのかに顔を赤くしてバイトの子にケーキを二つ頼んでいた所を見れば分かっているのか?
その〝王子〟が選んだケーキはどちらも絋士が作ったケーキだ。
そして会計を済ませてそそくさと店を出て行く。
…ケーキ好きなんだ…。
思わずぷっと絋士は笑ってしまった。
…男でピアノの先生?珍しい…。
「……絋士」
「なに?」
一緒にケーキを作っている父親に声をかけられて仕事に戻る。
「本当に…よかったのか…?」
「…ん?……ああ。別に後悔してませんよ。…でも…」
ぱっと閃いた。
いい年して習い事なんて…とも思っていたし、男で、とも思っていたが相手が男の先生ならいいだろうか…?
「もう一回…習ってみてもいいかな…好きに変わりはないし…。あ、でも本当に今は後悔してないよ」
「…そうか?…」
計ったように父親が絋士に視線を向けるのに絋士は頷いた。
「勿論。自分で選んだんだから」
「…それなら…いいが…」
そう、強制されたわけでも何でもない。たまたま家がケーキ屋だったんだ。たまたま母親が病気でいなくなったんだ。
あの当時は少々自分の運命を呪った事もあったけれど、今こうして大人になってみれば自分が奢りいい気になっていたんだとも思う。
一流の演奏家の演奏を聴き、昔は気付かなかった事に今は気付かされる。自分の我を通しても絶対挫折していたはずだ。
それを思えば今は天職なのだろうとは思う。
形になるのが面白い。綺麗なデコレイトも考えるのも面白い。それをお客さんが見て顔を輝かせるのを見るのも楽しい。そして美味しかったと言われれば文句ない。
…それでもたまには苦い思いが湧く事もある。
もう8年触っていないか…。
諦めたその時から頑なに触らないようにしていた。見ないようにしていた。
仕事も覚える事がいっぱいだった事もある。修行で忙しかったというのもある。
だが今はそれにも慣れ余裕が出来た。そして自分の心の中にも余裕が出来たような気がする。
「ちょっと俺あの先生とこいってみよっかな…男の先生なんて珍しい。女の先生だと…しかも若いのだったらちょっと…だけど」
「……ピアニストらしい」
「…そうなの?…俺全然知らなかったな…」
「真衣が言ってた。…お前の前では言わなかったけど」
「なんだ。別に平気なのに。へぇ…ピアニストで…先生…」
やっぱり興味ある。
「やっぱ好きは好きだから…趣味でするのもいいかな…。…うん。仕事にも大分余裕持てるようになってきたし」
「…もう一人前だ」
父親からの賛辞に絋士はくすっと笑みが浮かんだ。
「どうも」
言葉が少ない父親だが尊敬できる。きっと本当ははらはらしていただろうに何も絋士を押さえつけるような事はしなかった父親だ。だからこそ絋士もこの道を選んだのかもしれない。あの時は尖って、ちょっとは父親の…親の所為にした所も心の片隅にあったけれど、今となってはこれが正解だったんだと思っている。
「いいけど…練習しないと…無理だな…指動くか…?」
うーん…と呻りながら生クリームを泡立てる。それでも心はすでにピアノに向いて、そして久しぶりにわくわくとしてきた。
ピアニストまでしてる先生じゃ下手に弾くのも自分の中じゃ許されない事だ。まずは練習してが一番先だ。それから…どうなるんだろう?
楽しみだ、と絋士は口端を緩ませた。
☆昨日はたくさんのコメントありがとうございます~(T-T)
無理しない程度でぼちぼちがんばります~(><)
たくさんのポチいつもありがとうございますm(__)m
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