2 泉(IZUMI) 私立秀邦学院高等学校。
成績優秀者が集まる全国でもトップクラスの高校。
その現生徒会を束ねるのは一条グループの御曹司一条 和臣(いちじょう かずおみ)。
カリスマ性は1年生で会長に選ばれた位だ。
容姿端麗、眉目秀麗。
存在感、威厳、どれもすでに高校生離れしており、教師からの信も篤い。
頭脳も全国トップ。
すでに博士号まで持っているという噂まである位だった。
その会長を支えるのが二宮 如(にのみや ゆき)。怜悧な美貌の副会長として名を馳せているのは本人は知らない。
冷静沈着、冷徹無比という言葉がぴったりと当てはまる印象だった。
漆黒のさらさらの黒髪に眼鏡。
眼鏡が冷たい印象をさらに際立たせていた。
それでもなお美人と表立ってではなく、裏での人気は会長よりも上だろうと言われるくらいだ。
七海 泉はその生徒会の書記をしていた。一条会長からの指名で面倒だ、と思ったけれど、断ることなど出来なかった。
直接七海家は一条グループに関係はない。
関係はないが、書道家である父とすでに泉も書道家として名がある以上そう無碍にする事も出来なかったのだ。
どこでどう繋がるか世間は狭い。
題字などの仕事が舞い込む時だってある。
それを考えればまるきり無関係とも言いがたかった。
まぁ、書記であれば一応書くのが仕事であろうから、それならば仕方ない、いいかと受けたのだった。
今では生徒会室から八月朔日の練習を見るのが泉の一番の楽しみだった。
八月朔日の跳ぶ姿を見て、『飛翔』という字を書きたくなって書いた。
自分から書きたいなどと思ったのも初めてで、しかも書きあがった物は自分でも満足のいく出来だった。
自分が書で満足を得たなど初めての事だったかもしれない。
書き終えた後、しばらく呆然としていたが、書き終えたそれを父が見て書道展に出展するように言われ、出展、さらに賞まで貰った。
何度も賞は貰った事があったが、初めてあれは嬉しいと思った事だった。
幼い頃から父が書道家で書道教室も営み、書が常に身近にあって書くのが普通の事だった。
ずっとそうしてきた。意欲があったわけでも何でもなかった。ただ自分では普通の事。賞が付随してたのも普通の事だったはず。
それがあの『飛翔』の字で変わった。
八月朔日のおかげなのか…?
そんな事もあってますます自分の中で八月朔日が特別になっていた。
相変わらず話しかける事も目を合わせる事もなかったけれど、…そこに五十嵐くんの登場だ。
最近はクラス移動の時など八月朔日は必ず五十嵐くんといるようになっていた。
何故…。
妙に苛立った。
秀邦の悪しき風習はもう十分に知っている。
何しろ一条会長も二宮副会長も去年までは決して見た事なかった位な表情の崩れ方だ。
八月朔日は外部組だしそんな悪習に囚われる事はないはず、と思いながらも、副会長も柏木も三浦くんも外部組だったと思い出せばまさか五十嵐くんと?と思って安心出来るわけもない。いや、そんな事を泉が思うのもおかしい事だ。
…そう思っていたのだが、五十嵐くんは六平の事が好きらしい。
六平をねぇ…。
思わず隣に立つ六平に視線を向けた。
小学校で同じクラスになってからずっと六平とは付き合いが長い。
あまり余計な事も話さず、それが付き合いやすくてなんだかんだと一番長くいるため泉の性格ももう知っている。
しかし、散々ちやほやされてた五十嵐くんに今まではてんで見向きもしなかったはずなのに今更?と思わなくもないが、泉には関係のない事だ。
「五十嵐くん…お前の事が好きだって」
「可愛いだろ?」
「………バカだ」
「バカって事はないだろう」
「まぁ…別に僕には関係ないからいいけど」
八月朔日の事が関係なければどうでもいい事だ、とふと口端が緩んだ。
八月朔日が関係あったとしてもどうしようもないとは思うけれど…。
別に八月朔日とどうなろう、なんて気も泉はさらさらない。ただ、八月朔日が跳ぶ姿が綺麗だったから気になっているだけなはず。
今更男に走るなど…。
女の方がいいに決まっているのに。
そう思っているはずなのに泉は振り返って五十嵐くんと廊下を小走りに去っていく八月朔日の背中に視線を向けた。
その八月朔日がくるりと振り向き、泉と視線を合わせるとちょっと驚いた表情をして、そして泉に向かって鮮やかに笑って見せた。
何だ…?
その八月朔日の笑顔に泉は焦った。
今までは目を合わせた事もなかったのに…。
………合ってしまった。
ふいと泉は視線を八月朔日から外した。
どきりとした心臓に気のせいだと言い聞かせながら。
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