「キミ、…シーナ、どうするの…?」
「どう…?」
泣き止んだ後、すでに真っ黒の炭と灰になったアパートの前で呆然とするしかない。
人垣はもう大分なくなった。
男の人は碧を放り出しもせずにずっとついていてくれていた。
「どう……って…」
ホテルに泊まるような金もない。行く宛てもどこもないんだ。
「…野宿?」
「は!?」
電話知ってるヤツにかけまくれば誰かは泊めてくれるだろうか?
それにしたって本当に何もないのに明日からどうすればいいんだ?
給料日…。
あと一週間後だ。
会社に相談したらいくらか融通きかせてくれるだろうか?
…いや、経費削減とか騒いでいるし。
もう一人頼りになりそうな人がいるけれど…。
はぁ、と大きく碧が溜息を吐き出した。
「………当面…ウチに来るかい?」
「は?」
男の人ががり、と頭をかきながらそんな事を言った。
「一応部屋はある。……一応だけど。それに小さいけれど。問題はそこじゃないのだが…」
「………何言ってんの?」
見ず知らず、……でもないはずだけど、すぐに思い出せない位の……と思ったら唐突に思い出した。
コレ銀行の人だ!
ほぼ毎日顔は見ている!
でも話したのは一回だけだ。
一度夜間金庫に店の売り上げの金を預けたはずなのに会社に入っていなくて碧のせいにされかかった事があったんだ。
それで銀行に乗り込んで文句言って、対応に出てきたのがこの人だった。
結局銀行側の手違いで、この人は悪くないのに、派手な外見の碧をバカにするでもなく丁寧に頭を下げて謝って、それから銀行に行く度に顔を、視線を合わせると頭を下げて挨拶するようになったんだ。
乗り込んだ時にこの人の名刺貰った気がするけれどもうアパートと一緒に灰になってるはずだ。
「行く宛てないんだろう?」
「ないけど。ほとんど見ず知らずと言っていいのに?」
「…そうだけど…。キミが仕事にマジメなのは分かっているつもりだ。それにここで知らん振りしてキミを放り出しても…なんとなく後々気になって仕方なくなりそうな気がする」
「………俺的には願ってもない話だけど…。ホントに何もかもなくなっちゃったし…」
碧は視線をまた倒壊したアパートに向けた。
何もないんだ。
そして顔を俯けるとまた男の人が宥めるように碧の肩を叩いてくれた。
「とりあえず、いいよ。ちゃんとどこで働いているのかも知っているし」
「…………すみません。でも…本当に…?」
「住む所が決まるまでね。…それは本当にいいんだが…あとで文句……言われる、……かな…」
「?」
何がだろうか?
とりあえず着の身着のままで何もかもなくしてしまった碧にしてみたら棚から牡丹餅状態だ。
「すみません!なるべく早く住む所決めるので」
男の人に深く頭を下げた。
「うん。俺は一人暮らしだし気兼ねしなくていいから」
「…ありがとうございます」
顔見知りなだけなのに。
人なんて信じないと思っていてもこんな事があったらやっぱり人に頼るしかないのか…。
「キミは男の子だし……大丈夫だろう…」
「……何が?」
「いや…ちょっと、ね…」
はは、と男の人が苦笑を漏らしたのに碧は頭を捻る。
それから消防の人に話をきかれたりと雑事をこなす。
連絡先は携帯。
元々部屋に電話なんかもなかったし、それはいい。
「シーナ、保険とかは?」
「保険?」
銀行の人に言われて碧は首を捻った。
「アパートに入居すると普通保険に入らせられるだろう?」
「……どう、だろう…?」
なんかもう頭が考える事を拒否している。
考える事、難しい事、面倒な事はキライだ。
「まぁ今日は動揺しているだろうからね…。いくらでも相談乗ってあげるから聞いて?」
この人はなんか目的があるのだろうか?
なんでこんな親切?
思わず穿った考えを浮べてしまうが、どうみたってエリート銀行員だろうこの人が碧の事を陥れようとしたって碧は何も持ってもないのだから意味はないはず。
やっぱりただの親切?
とにかくまだ全面信用したわけではないけれど、どうせ金も住むところもない碧にとってはどうでもいい事だった。
先のことより今日の寝床だ。
どこか半分虚ろのまま消防や警察の人に聞かれた事に素直に碧は答えた。
自分がちゃんと言ってたのかどうか後から考えても全然この時の事は覚えていなかった。
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