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熱視線 練習曲~エチュード~4

 ただひたすら怜はピアノを弾いていった。
 そして明羅はひたすらじっと聴き入った。
 バッハ平均律から5曲。
 ベートーベンのソナタはワルトシュタイン。
 シューベルト、ブラームス…。
 古典から近現代へ。そして圧巻はラプソディインブルーだった。
 長い長い曲。
 ぞくぞくとした戦慄がずっと明羅を包んでいる。
 音が溢れる。
 どれもこれまでコンサートでは聴いていない曲。

 そして最後に幻想即興曲。
 昨日の夜明羅が聴きたいと思った事を察してくれたのだろう。
 これはきっと明羅に聴かせてくれる為の曲だ。
 明羅は自分の身体を抱きしめた。
 二階堂 怜の音が自分だけの物。
 かぁっと身体が熱くなってくる。
 昨日の会場で、いや10年間、年に1回だけだった二階堂 怜の音が昨日も聴いたのにまた今日も聴いている。
 明羅に恍惚似た陶酔が訪れる。

 あっという間に幻想が終わってしまう。
 もっと、もっと聴きたかった。
 音に深みが増していた。
 10年前でも明羅が弾きたい幻想だったのが今の幻想はそれをはるかに超えている。
 明羅はただ呆然としてソファに座っていた。
 
 「明羅?」
 目の焦点が合っていないような明羅の目の前に怜が立っていた。
 「おい?大丈夫か?イっちゃってるぞ?」
 「うん…」
 怜が明羅の目の前で手を振っている。
 「おおい?見えてるか?」
 「…うん」
 「明羅?」
 「………どうしてあなたなの?」
 明羅は思わず呟いていた。
 そして目の前の怜のTシャツの胸を掴んだ。
 「どうして怜さんなの?」
 「………何が?」
 「俺の欲しい音」
 「ん~~…そう言われてもな……」
 困ったように怜が頭を掻いた。

 じっと明羅は目の前の怜の顔を見た。
 無精髭。寝癖だらけのぼさぼさの頭。
 演奏会ではあんなにびしっとしてかっこいいのに。
 いや、今それは関係ない。
 「…どうすればいいんだ?」
 「ちょうだい!」
 「…あげてもいいが。どうやって?」
 「………無理に決まってるでしょう」
 明羅が反対に答えれば怜はくっくっと肩を震わせて笑う。
 「お前が言ったんだろうが」
 「簡単にくれるなんて言わないでくださいっ」
 怜が笑っているのに明羅はむっと口を結んだ。
 「変な奴」
 まだ手は怜の服を掴んでいて、明羅は目の前にある怜の顔をじっと見た。
 「欲しくてずっと?」
 怜が聞いてきたのに明羅は頷いた。

 「ずっと…欲しかった…」
 「…………音の事だと分かっているがこのシチュエーションだと違う意味に聞こえるな」
 「なっ…」
 明羅は慌てて怜の服を離した。
 絶対顔は赤くなっているはず。
 そして怜はまた笑った。
 「お前はいつでも聴いてていい。全然気にならない」
 「…そう?」
 「ああ。まったくもって不思議だが」
 怜の言葉が嬉しいと素直に明羅は受け取れた。

 明羅の頭の中に怜の音が鳴り響いていた。
 ずっとそれが頭から離れない。
 「…俺ちょっとあっちの部屋こもってきていい?」
 「だからいちいち断らなくていい。パソコンだろ?」
 怜は楽譜を広げて見ていた。その楽譜の書き込みもすごく気になるのだがそれよりも今は明羅の頭の中に渦巻く音を逃がしてやりたかった。
 明羅はパソコンを立ち上げ、音楽ソフトを開く。
 こんなに何でもすぐ出来る状態にあるのに使えないなんて…。
 明羅はそう思いながらもシンセで音を選び、作っていく。
 
 何時間そうしていたのか。
 部屋に電気がついていたのにも気付かなかった。怜が部屋が暗くなったのに気付かない明羅を見てつけていったのだろう。
 「…全然気付かなかった」
 一段落してあとは音を纏めてチェックだ、という所で明羅はほうっと息を吐き出した。
 今までで一番最速で曲が出来た。
 それでもまだ明羅の頭の中から怜の音はいなくならない。
 いくらでも湧いて出てきそうだ。
 がちゃっとドアが開いたので明羅は視線を向けた。

 「お?意識がある」
 怜が笑った。
 「腹へっただろ」 
 来いと声をかけられ明羅は頷いた。
 「電気…ありがとうございます」
 「いや?全然声も気配も何も感じない位集中していたな?」
 「……ん。あんまり、こんなにはならないはず、なんだけど…」
 全部ヘッドホンをしていたので音は漏れていないはずで怜には聞こえていないだろう。
 「あれは何をしているんだ?」
 「……内緒」
 本当に全然分かっていないらしい?
 怜は肩を竦めていた。
 
 

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