56 駿也(SYUNYA) 駿也の兄、裕也と泰明の姉、由梨の結婚式。
駿也には興味も何もない兄だけど、由梨さんの事は大事にしているらしい。これは泰明から聞いた事でしかないけど。
考えてみれば兄ももしかしたらあの家でずっと一人だったのかもしれない、と今は思う。
食事の時でも常に兄には過度の期待の声がかけられていた事しか思い出せない。
こうして泰明に大事にされている事を知った今、そして泰明の家でのお母さんの事を思い出せば五十嵐の家は違いすぎる。
きっと由梨さんは泰明のお姉さんで駿也が泰明に大事に守られていると感じる事を由梨さんに感じているのではないだろうか…、と駿也は周りが見えるようになってそう思えた。
自分が壁を作っていた、と泰明に言われた事があったけれど、確かにそうかもしれないと今頃になって分かってきた。
学校でもそう。八月朔日、三浦くんや柏木とも普通に話せて…絶対に前の自分だったら考えられない事だ。
式場では一条の会社関係者がずらりと並んでいた。
勿論両家とも一条のグループだから当然だろう。
「五十嵐、六平、席は?」
そこには会長の姿があった。
招待状が六平家と五十嵐家と両家から出てたので会長のお父さん、一条の総裁と会長まで出てきたらしい。
普通は会長のお母さんが夫婦で来るだろうに、ここには当然のように会長がいてしかもさっきからずっと色々な人に囲まれっぱなしだった。
「これは和臣様」
会長の姿に駿也の父はもう猫なで声だ。
はぁ、と小さく駿也は溜息を吐く。
「五十嵐社長、席は六平と五十嵐、駿也くんと近くにしてくれ」
「は?あ、はい!ただちに!」
いいのかな?と思わず駿也は会長と泰明に視線を向けると、二人は見慣れないスーツ姿でくくっと笑っている。
駿也も一応スーツを着用していたが、どうも自分は七五三のようだ。
それに対して二人は着慣れた感がある。
会長はまだ分かるけど、泰明も。
「和臣、我儘」
会長の隣に立っていた一条総帥が苦笑していた。
「当たり前です。隣が親父共じゃ楽しくなんてないですからね」
平然と会長が言い放った。
「和臣様、こちらに席を用意させます。駿也、泰明くんもいいね?」
戻ってきた父が揉み手しているのが見えそうな位の声で言ってきたのに駿也も泰明も頷く。
そりゃ勿論だ。一緒にいるのが楽しくもない父親の隣より泰明の隣の方がいいに決まってる。
「五十嵐社長、駿也くんには是非次期の生徒会役員に抜擢しようとしておりますので」
会長がくすりと笑いながら言えば父親は顔を真っ赤にさせている。
「そ、それは是非!おお、駿也が!」
「か、会長…?」
本当に?
ちらっとそれらしい事は言っていたけれど、本当だとは思ってもいなかった。
泰明は父親の喜び具合に苦笑している。
そのままスキップでもしそうな勢いで大きな身体を揺らして父親がいなくなると駿也は会長に頭を下げた。
「…すみません」
見え透いたゴマすりに猫なで声に、駿也の方が恥ずかしい。
「いや、別に構わない。あれはあれでバカだが、可愛いバカだとも言えるからな」
「はぁ…」
会長がいいのなら別にいいけど。
「席は?よかったか?勝手に移動させて?本当なら両家で離れてるだろう?」
「勿論、こっちの方がいいに決まってますよ」
泰明が笑いながら言えば会長は満足そうだ。
「五十嵐も?」
「はい」
「まぁ、五十嵐はな…あの親の隣は嫌だろうう?」
分かられている、と駿也は肩を竦めて身体を小さくした。
「ありがとうございます」
それでも会長の所には次々と挨拶に大人の人達が入れ替わり立ち代り訪れる。
それにも慣れた様に会長は応対していく。
「すごいよね」
次期一条の総帥になる会長の元には人がいっぱい集まってその輪から駿也と泰明はそっと離れた。
「まったく。よくあんなの平然としてできるよな」
主役は花嫁と花婿だろうけれど、そこを抜けばここは社交の場なのだ。
「でも泰明だってなんかスーツ着慣れてる感じ…」
かっこいい、とは恥かしくて言えなくて思わず顔を赤くして駿也は俯いた。
「そうか?でもないけど。滅多に着ないし。…駿也は…」
「合ってないの分かってるからいいってば!」
「…可愛いけど?」
スーツに可愛いって誉めるのは誉めてないと思う。
「泰明は…かっこいい、よっ」
泰明がお?というような表情をした。
「それはどうも。……かっこいい、んだ?」
「え?うん…。制服でもかっこいいけど」
「……俺をかっこいいなんて言う奴そんないないと思うぞ?駿也だけだろう?」
「そんな事ないよっ!」
だっていっつも駿也はどきどきするんだから。
「ま、駿也がそう思ってくれてるならいいけど。俺よりカッコいいやつ学校に山ほどいるだろうに」
「……だって…ドキドキすんの泰明、だけ、だから…」
「…駿也…」
泰明は頭を抱えた。
「お前、こんな所で煽るのやめてくれ」
「煽って、ないっ!」
会話はずっと小声。
ざわざわしている会場で他の人にこの会話が聞こえることはないだろう。
「くそ…さすがに今日はお前の家に遊びに行ってくる、ってのは使えねぇよな…」
泰明がぶつぶつと呟く。
「さすがに、それは、ねぇ…」
式の後で遊ぶはさすがに無理があると思う。
「俺んち来るか、って言っても明日は学校あるしな…せめて明日休みだったらよかったのに」
チッと泰明が苛立たしそうに舌打ちする。
「……ねぇ、もうすぐ夏休み、でしょ?」
「ん?ああ、そうだな」
「泰明…一緒いてくれる…?」
「当然。お前ん家と俺ん家交代交代な。あ、あとなんか会長が別荘に遊びにくるか?とか言ってたぞ?」
「え?俺、も…?」
「だろ。生徒会入るし?」
今まで自分は人に認められてという事がなかった。
それが泰明のおかげでこんなにも変わったんだ。
「泰明…好き、だよ」
「おま、…こんなとこで…」
泰明が顔を赤くして絶句してるのに駿也は満足した。
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