来るつもりなんかなかったのに…。
我慢しきれず遥冬のバイトの終わる時間に合わせて尚はまた遥冬のマンションまで舞い戻ってきてしまった。
女々しい奴…と自分でも情けなく思うが、それ位遥冬は尚にとって特別だ。
……来た!
植え込みの影に隠れて尚は息を潜めた。
これじゃ本当にストーカーで危ない奴だ!
分かっちゃいるけど!
……だって気になる!
遥冬の言った通りに西川と一緒だ。
西川が興奮したように顔を紅潮させて遥冬に話しかけている。
距離をあけていたので一体何を話しているのかは尚には聞こえないし全然分からないけれど、遥冬もうっすらと笑っているのにかっとした。
誰にもそんな顔見せるな!
……って…こんな隠れてこそこそしている自分が本当に惨めで情けない。
情けないけど、そんな事も言っていられない。
二人がマンションに消えて行くのを尚はただ見ているだけ。
………帰ろうか…、と思ったけれど、なんで恋人であるはずの自分がこそこそ隠れてダチでもないと言った奴とのツーショットを影から見てなきゃないんだ?
……あ?いや、…もしかして恋人の座を奪われたのか…?
イライラとしながら携帯で時間を見る。
傘取りに来ただけだったらすぐ帰るはず。
5分経ったが出てこない。何かきっと話してるだけだ。
10分経っても出てこない。
必死に頭の中でよからぬ事を打ち消すけど段々と悪い方向に勝手に想像が広がっていく。
まさか……。
尚に飽きてアイツに抱かれる、のか…?
落ち着きなく携帯を片手にもう片方の手の親指の爪を噛む。
30分!もう我慢できない!
嫌な感じにドキドキしながら遥冬に電話をかける。もしかして出ないのではないかと思ったがすぐに遥冬は電話に出た。
『もしもし?』
「……遥冬……部屋、行っていい…か?……下、いる…んだけど…」
『は?下に?………ちょっと待って…』
電話口を押さえてぼそぼそと何か話しているようだ。
『いいよ。今、西川来てたけどもう帰る』
「…………ああ…」
電話を切ってマンションの下で待っていると西川と遥冬が一緒に出てきた。
「あ!ナオさん!失礼しますっ!」
顔を真っ赤にして頭をがばっと下げて西川は慌てたように逃げるように行ってしまった。
……なんで敬語?確か同じ学年だと思ったが…。
それになぜ西川は慌てて逃げるように…?
「尚…」
遥冬が尚の腕に手をかけてきた。
なんかどれもこれも穿ったように思えてくる自分が嫌になってくる。
「尚…帰ったと思ってた…」
遥冬が一緒にエレベーターに乗り込むと仄かに嬉しそうな表情でそう呟いたのに尚は遥冬を後ろから抱きしめた。
「…帰ったよ…けど…」
気になってとてもじゃないがじっとしていられなかった…。
50’Sでは帰れと言った遥冬だけど何も言わずに尚を部屋に迎い入れた。
玄関に傘がなくなっている。さっきちゃんと西川が持っていたのは尚もちゃんと確かめた。
靴を脱いで遥冬に続いてリビングに…。
テーブルには飲みかけのコップが二つ。
いつもは尚と遥冬だけの空間だったのにそこに尚とは別の存在がいたことを主張している。
ここにこうして遥冬は尚を当然のように迎え入れているけど…。
家のしがらみから解放された遥冬はきっと誰の目から見ても生まれ変わったように鮮やかに見えるだろう。
自分だけじゃなくともいいんだ…。
「尚っ!?」
遥冬を見ていたらみっともないことに、つっと涙が糸を引いたように零れ落ちた。
「どうした…んだ?」
「え?…ああ……」
ぐいと尚は慌てて拭った。
「…尚?」
遥冬が尚の膝に手をかけもう片方の手を尚の頬にかけた。
「………なんでもねぇよ?俺は…お前だけだ」
「………………どういう意味?」
ひやりとまた遥冬の周囲の温度が下がる。
「お前が俺に飽きたって…俺はお前だけ…」
「………飽きるって……どういう意味?」
遥冬の瞳の奥に蒼の焔が灯った。
「一体尚は何をどう思ってるわけ?」
「遥冬は俺だけじゃ飽きたのかな…とか…」
……アレ?
びょうっと遥冬から冷気が向かってきた。
「………ふぅん……尚はそれでいいんだ?」
「よくねぇよ!よくねぇけど……」
「ああ、僕に捨てられる位なら我慢する?僕が誰かと寝たとしても?誰かに抱かれたとしても?」
ぐっと尚は奥歯を噛み締めた。
「尚!」
遥冬が挑戦状を突きつけるように激しい視線を尚に向けていた。
「嫌に決まってるだろ!お前は俺のものだ!」
がばっと尚が遥冬の腕を強く掴むと遥冬は婉然と満足そうな笑みを尚に向けた。
テーマ : 自作BL小説
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