「杉浦っ!入ってた!」
ベンチに戻って吉村が号泣。
「…際どかったからね。でもいい試合だった。………悔いある?」
「ないな」
「ない」
「最後のあの1本だけには悔しいが…」
吉村以外は泣いてはいなかった。試合に負けたとは思っていないからだ。
「審判の判定では…どうしようもないからね。それ以外にないなら…よかった。いい試合だった。きっと何年たっても取り上げられる位の試合だったと思う。…皆はかなり疲れただろうけど。見ているのでさえも疲れた」
杉浦が満足そうに仄かに笑みを見せたのに皆もほっとした様子だった。
「こんな試合はもうごめんだな」
「これで最後だろっ」
笑いが起こる。
「永瀬…」
「ごめんな…」
大海は杉浦の耳元に顔を寄せ小さく囁いた。
「ううん……気持ちよかった…最後の判定には残念だったけど」
「……ちゃんと真ん中に落としゃよかったんだ…」
杉浦が静かに頭を振る。
「あれでいいんだ。永瀬は間違ってない」
「杉浦くん!抗議とかしなくていいのかい?」
先生の方が憤慨しているようなのに杉浦が笑う。
「入っていたのは分かりきってます。ちゃんとビデオも取られているでしょう。永瀬はこれからもVリーグで、さらに全日本で活躍していく選手になるから…抗議なんてしないほうがいい。抗議しても試合終了のホイッスルがなった後ではもう結果が覆る事なないですから。……きっと最後の1点は幻の1点として永瀬に箔がつくようになりますよ」
目先の事より先の事。
いつでも杉浦は先を読む。
「…そうかい?」
まだ憤然としている先生を宥めて選手一同応援席へ挨拶に並び頭をさげる。
「大海!最後っ!入ってただろ!?」
先輩が大きな声で確認して来るのに苦笑するしかない。
「入ってたっ!」
大海以外が声を揃える。
後日バレー雑誌でも写真付きで取り上げられて杉浦の言っていた通りに幻の1点として大きく取り上げられるなんてこの時はまだ知らない事だ。
選手控えのロッカールームへ。
もう結果が覆ることがないのは選手は分かっている。なので最後の1点に関してもう誰も何も言わない。
完全に負けた試合じゃなかった。
どこもかしこも同等だった。
ただ、ほんの少しの運がなかっただけだ。そこがやりきれない。だが、全部を出し切ったという開放感も皆を包んでいた。
「悔い…ないね?」
皆、疲れた身体で輪になって座る。
「3年生は3年間お疲れ。……初めなんか地区予選で終了だったのに……3年でここまでって…凄い事だと思う…」
「杉浦がいたからだけどな。杉浦いなかったら絶対なかった」
吉村が笑う。そして最初からいたメンバーが頷く。
「1、2年はこれからだけど…また1からがんばって」
3年よりも1、2年の方がむしろ号泣していた。
杉浦はいつも通りだ。
…でも…。
堪えている…。
「なぁ、疲れてるとこわりぃけど杉浦残してちょっと外出ててくれる?……5分位」
無茶な大海の言い分にも皆は文句も言わないでロッカールームを出て行く。
きっと廊下に立ちんぼみたいにして並んでいるだろうけど、それよりも堪えている杉浦を大海はどうにかしたかった。
…多分皆も分かってるんだ。だから何も言わないで出て行ったんだ。
「何?」
皆を出て行かせた大海に杉浦が怪訝そうにした。
その杉浦の野暮ったい眼鏡をすっと大海が手を伸ばして外す。
ドアが閉まって控え室には杉浦と二人きりだ。
「……出していいよ?」
「…………何を?」
「ずっと3年間我慢してた事」
「別に我慢なんかないけど?」
「そう?俺は我慢してたけどなぁ~」
「………何を?」
杉浦の顔が歪んでくる。
「杉浦……1回だけだ。…お前と同じコートに立てたのは。今日の試合よりも最後の判定よりも俺が心残りなのはそれだけだ…」
「永瀬……」
「あの1年の時のたった1回の試合が俺にとっては一番思い入れのある試合だ。………本当はもっとお前と試合に出たかった。一度だけでいい、と言ったけど本当はもっと、ずっと………何度も何度も試合の度に杉浦がいればと思ってきた。どこのどんな試合の中でも。杉浦のトスだったら…杉浦のパスだったら…ずっとずっと俺は思っていた。……お前は?……お前だってそう思っていた。…だろう?……だから、今ここでそれを出していい。皆分かっている」
大海はそっと杉浦の細い肩に手をかけ俯いた杉浦の顔を覗き込んだ。
「…なんで…今更……」
「今だからだろ。杉浦はいつも我慢して何も言わない。全部自分の中に貯め込んでいる。それを開放してやらないと…」
そっと大海は杉浦を抱きしめた。
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