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2013.10.27(日)
「………た、かった……っ……」
「……うん」
杉浦が声を詰まらせながら吐き出した。
「出たかったっ!試合に!今日だってっ……いつだって…ずっとずっと…っ!」
杉浦が大海の背中に腕を回して震えながらもぎっしりと抱きつき、大海もぎゅっと抱きしめる。
大海の耳に杉浦の悲痛な本音が聞こえる。
「うん。俺も一緒に出たかった…」
「トス上げたかった!隣に立ちたかった!コートの外じゃなくて中で永瀬を見たかった!……ずっと、ずっと……どんな試合でもいい!たとえ負けたって何したって…この先見えなくなってもいいから…今日だけ見えたらって……何度も何度も…おも…った……」
「うん…」
杉浦が涙を溢しながら、嗚咽を漏らし、やっと本音を出した。
「出たかった…出たかった…んだっ…本当はずっと……ずっと…立ちたかった!同じコートに!同じ時に!……ずっと、ずっと……心の奥底でいつでも…そう…おも…ってた…んだっ……」
きっとこの杉浦の声は廊下にいる奴等の耳にも届いているはず。
「ごめんな…俺が誘ったから……一緒にしたいって」
「違うっ!俺は自分で選んだんだっ」
「うん。それも分かってるけど」
「あの永瀬の隣に立った…たった一回の試合がずっと俺の中で宝物だ!たった一回!ほんの1セットちょっとの時間が…俺の中で…いつまでも…残っている……」
「俺もそう」
たった一回の杉浦と同じコートに立った公式試合だ。
震えながら嗚咽を漏らす杉浦の背中を大海はとんとんと優しくあやすように叩いてやる。
「出たかった……ずっと……そんなの、…出しちゃいけないって……」
「うん…杉浦、ずっと我慢してきたもんな…」
自分が杉浦にこんな思いをさせてしまったんだ。
「杉浦…これからも俺はずっと思ってしまうんだ。セッターがお前だったらって…きっとずっとずっとだ…。どんなに上手いセッターでもきっとお前以上の存在は俺にはないから。あのたった1回の地区予選の1試合が俺の中では一生に残る試合だ。……お前もそうだろ?」
「……そう、だ…」
「これからも…ずっとお前にこんな思いをさせてしまうかもしれない。それでも隣にいて欲しいと思っているんだ。こんなに俺は我儘なんだ…。お前に辛い思いをさせていても、それでも隣にいて欲しいと思っているんだから」
「辛い。…けど、辛くない」
杉浦の身体を離して顔を拭ってやる。
「辛い時は出していい…責任全部俺が取るから。杉浦の思いも全部俺が取る。だから…これからも隣にいて欲しい」
外に聞こえないように小さく杉浦の耳元に囁く。
「……ん……」
泣いたのが恥ずかしいのか杉浦が顔を伏せるのに頬を挟んで上を向かせ、涙を拭い、そして唇を落とす。
「試合後なのに不謹慎だ」
杉浦が小さく囁くのにくすと笑った。
「皆を待たせてこんな事して?」
軽くキス。
「今までは皆の杉浦でもあったけど…これからは俺だけの、な?」
「……別に皆のものになったつもりはないけど?」
「え~?なってたよ。皆杉浦杉浦って…。……皆の分は終了な。あとはずっと…これから先も一緒いて?」
「……ん」
小さく頷くのが可愛くてぎゅっと抱きつこうとしたら杉浦に止められた。
「外」
「……だよな。じゃ帰ってからね?」
「………ん」
…………小さく頷くのが可愛い。
大海は杉浦に眼鏡を返して、仕方ないのでドアを開けると倒れ込むようにして皆がなだれ込んできた。
「………なにしてんだ」
「え?だってほら…ちょっとね…」
あわわと吉村が言い訳している。
ちらと杉浦を見れば目元はちょっと赤くなっているけどもういつもの顔だ。
さっきの可愛い感じが消えているのにほっとする。あれを知っているのは自分だけでいいんだ。
「……帰るよ」
飽きれたような杉浦の声。
「うい~っす」
でも杉浦の堪えていた思いの声を皆が聞いていた。
ポン、ポンと皆が杉浦の肩を叩いていく。
けれど何も誰も一言も言わない。
「やっぱり旦那だよなぁ~…ちゃんと杉浦に吐き出させるんだから~」
吉村だけが大海の背中にごつっと拳を入れて囁いてきた。
コイツとはもうずっと小学校の頃からの付き合いで、遠慮も何もなく話してくる。杉浦との事に気付いたのもコイツが一番だ。
「杉浦…ちゃんと出せて…よかったな」
「………ああ」
高校の夏は終わった。
でもこれからも先はまだまだある。
きっとバレーの出来ない杉浦には辛い思いをさせてしまうだろう。それでも自分の全部をかけて、杉浦の思いを背負って大海はこれからも止まる事なく進んでいくしかないんだ。
皆が荷物を持ってロッカールームを出ていく。
一番最後に出る杉浦に大海は振り返り、杉浦の頭を抱え込むと軽くキスした。
「永瀬っ」
小さく杉浦が抗議の声をあげたのに満足し、大海は電気を消し暗くなったロッカールームのドアを静かに閉めた。
fin.