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書記クンは猫かぶり 3

3 蓮(REN)

 七海さんと目が合った!

 思わず八月朔日 蓮(ほずみ れん)は小さくガッツポーズした。
 「八月朔日?どうかした?」
 五十嵐が顔をにやつかせ喜んでいる蓮に不思議そうにしている。
 「いいや?別に!」
 七海さんはふわふわの黒髪の癖毛で長めだ。眼鏡をかけてて顔もきりっと前を向いている事はほとんどなくていつも俯き加減で、どこか儚い感じがする。
 積極的に誰かに話している所も見た事がないし、だいたいいつも六平さんとばかりいるのが普通だ。

 一度だけ七海さんから声をかけられた。
 インターハイ地区予選の前だった。
 蓮が高跳びをはじめてから未だ味わった事のなかった絶不調に陥っていた時だ。
 スポーツ特待で秀邦に入って、結果を残すことが出来なければ特待はなくなる。そのプレッシャーだったのだろうと今になって思う。

 自分には敷居が高すぎる秀邦だ。今までプレッシャーなど感じた事がなくて、特待で高校に行っても全然平気だと自分を軽くみていたのだが、何事においてもレベルの高い秀邦に知らずプレッシャーを感じていたらしい。
 跳んでも跳んでも跳べなくなっていた。
 軽く感じた身体は重石を担いでいるように自由が利かなくなっていた。
 どうしようと気ばかりが焦っていた時だった。

 どん底の気分で練習を一休みしていた時にふらりと七海さんが現れた。
 地べたに座ってタオルで頭を隠して蓮が頭を悩ませていた時だった。
 助走の歩幅が小さい。
 後ろから声をかけられた。
 はっとして八月朔日が後ろを振り向いたら七海さんはそのままくるりと八月朔日に背を向けて立ち去ってしまった。

 歩幅が小さい?
 今まで助走を気にした事がなかったのに、すぐにもう一度歩幅に気をつけ練習に戻った。
 すると今までの不調がまるで嘘だったかのように身体が軽く、タイミングよくバーを身体が越えた。
 あの時の空の青を忘れる事が出来ない。
 助走から跳んで背面でバーを越え、そして空が近いと感じた。
 その時はただ感謝だけだったが、自分のほんの少しの、自分でも気づかない位の歩幅の違いに気付くなんて、と後から考えれば考えるほど不思議で仕方なくなった。

 自分もコーチも全然気付いていなかったのに…。
 生徒会の人だというのは見知っていた。
 名前も七海 泉さんだとすぐに分かった。
 七海さんにお礼が言いたかったのに、七海さんはいつも人の顔など見ないし、話をするのはほとんど六平さんだけ。
 それから気になって気になってずっと視線は七海さんを探すようになっていた。

 そして生徒会室から練習を見ている七海さんに気付いたのはいつだっただろう?
 じっと見ていた。見られていた。
 七海さんが生徒会室から見ているのに気付いたけれど、自分が視線を向けたら七海さんは見るのをやめそうだ、と思って蓮はわざと気付かない振りをした。

 あそこから見ていたんだ。ちょっとした蓮の歩幅に気づく位に…ずっと?
 いつも廊下ですれ違う時も蓮が視線を向けると七海さんは顔をふいと背ける。
 それが分かっていたから蓮は見られているのに気付かない振りをしたんだ。
 どうして?
 見て欲しいから。

 五十嵐が生徒会の役員の一人の六平さんと仲良くなった様子に思わず五十嵐に声をかけた。
 それでも蓮は七海さんに直接話しかけられそうにはなかったけれど、その七海さんといつもいる六平さんと五十嵐が…七海さんと六平さんの仲良さげな様子は蓮も見て分かっていた。ただそれが友達の域なのか、もしくは聞かされた秀邦の風習なのか蓮には分からなかったことが確認できるかも、と思ったのだ。

 もうこの時には七海さんの事は蓮には特別に見えていた。
 まさかずっと秀邦にいたわけでもないのに自分が男を気になるなんて、と思って何度も打ち消したけれど、どうしてもなくならず、かえって酷くなっていく一方だった。
 七海さんが六平さんに顔を近づけ、笑いながら話している姿には見ているだけで苛立った。
 自分なんか視線も合わせてももらえないのに。
 それなのになぜ蓮の歩幅なんかに七海さんは気付くのか。

 訳が分からない。
 分かるのは自分がもう七海さんの視線も行動も全部が気になってしまうほどになっていた事位だ。
 五十嵐が好きなのが六平さんで、六平さんも五十嵐を大事にしているのは見て分かるようになるとかなりほっとした。

 六平さんにとって七海さんはただの友達なんだと思えたから。
 ただ、六平さんはそうでも、七海さんがどう思っているのかは相変わらず分からない。
 分からないけど…さっき五十嵐に確認していたのは何故だろうか…?
 やっぱり六平さんが好きなのだろうか?
 
 

テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学

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