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書記クンは猫かぶり 7

7 蓮(REN)

 七海さんに腕を引かれて会場の裏にある小部屋に連れて行かれた。
 控え室なのかな…?
 …というか!七海さんがあの『飛翔』を書いた泉華…さん?先生?
 五十嵐が書道家と言ってたんだからもう先生なのか?
 高校生で?
 なんか自分とは別世界の話に頭がおかしくなりそうだ。

 だいたい秀邦に通う生徒のほとんどが普通じゃない。
 会社の社長の息子でも、個人会社だったら普通扱いで、桁違いな息子達の集まりだ。
 その筆頭は一条会長だろうけど。
 中にはごく普通の生徒もいることはいるけど数はかなり少ない。
 五十嵐だって一条系列の会社の社長令息らしいし。
 いや、そんなのはどうでもいいけど!
 今は七海さんの事だ。

 七海さんの手が八月朔日の腕を掴んでいる。この手があの『飛翔』を書いたのか?
 引っ張っていく七海さんの後ろ姿を見た。
 髪がほわほわしている。
 それに制服と違うスーツ姿。
 でも借りてきた感じはなくて着慣れているふうだ。
 それにさっきの泉華先生と呼ばれてからの学校とは違いすぎる愛想笑い。
 学校ではいつも表情なんてないくらいなのに。
 顔を俯けて、長い髪と眼鏡の奥に顔を隠している感じなのに。

 バン!と七海さんがドアを乱暴に開け、そしてバタン!と閉める。
 七海さんが無言で椅子を指差したのに八月朔日は休むために用意されていたのだろうパイプ椅子に腰かけた。
 蓮をぐいぐいと連れて来た七海さんがはぁ、と溜息を一つ吐き出し、そしておもむろにスーツの上着を脱ぐとネクタイも緩めたのにどきりとしてしまった。
 腰が細いな、なんて思わずじっと見てしまう。
 そしてふわふわの癖毛の髪をかき上げたのにまたどきりとしてしまった。
 いつも隠れている顔が前髪をあげた状態でじっと八月朔日を見ていた。
 そしてまたはぁ、と溜息をつかれた。

 「………あの…来ちゃダメ…でしたか…?」
 嫌がられたのかと思って思わず小さく聞いてみた。
 「いいや」
 すぐに否定の言葉が帰ってきたのにほっとした。
 前髪をあげていた七海さんの手が外れていつもの前髪に隠れた七海さんの顔になった。
 それでも学校とは別のシチュエーションにドキドキとしてしまう。

 「アレを見に?」
 アレは『飛翔』を指しているのだろう。
 「……はい。あの…あれ…七海さん…が?」
 「そう」
 「あの、他に七海さんの書いたものってありますか?」
 どうしてもあれしか目に入らなかったのだが、他にも七海さんが書いたのがあれば見てみたい。
 「ない」
 なんだ…とちょっとがくりとしてしまう。

 「……あの…木曜日に…ちょっとなんの気なしに部活の帰りに入ったんです…。そしたらあれがあって……展示が日曜までだって聞いたので…毎日部活の帰りに寄って見てました」
 「……………」
 七海さんがじっと八月朔日を睨むように見ている。
 「あの……七海さん…」
 そういやずっと地区大会の時のお礼も言ってなかったんだ、と今更ながら蓮は頭を下げた。
 いつも話かける隙すら七海さんは見せなかったけど、今ならここには連と七海さんしかいない。

 「地区予選前には…ありがとうございました」
 「…………ああ…別に…」
 七海さんがどこかイラついたように落ち着きがなく髪をかき上げたり、溜息をついたりを繰り返している。視線も蓮を睨むように見てそしてすぐに外す。
 「七海さん…」
 「なんだ!?」
 蓮が呼ぶとびくっとしたようにして七海さんが答えた。

 「いえ、あの…座ったら…?」
 蓮が言うと蓮の隣のパイプ椅子にどかりと座った。
 なんかイメージが違う。
 もっと七海さんは大人しそうな楚々とした感じだと思っていたのに…。
 でもなんか学校と違う七海さんが嬉しくてつい顔が緩んでくる、

 「………なんだ?」
 「え?」
 「にやにやしてキモチワルイ」
 「え?だって七海さんがなんか違う雰囲気だから…」
 そう言うと七海さんが眉を思い切り顰めた。
 「なんで来たんだ……」 
 「え…?………やっぱり…来ちゃ…ダメ、でした…か?」
 「いや!そうじゃない…そう、じゃない……」

 七海さんは一体何が言いたいのだろう?
 来ちゃダメじゃない、というのに何で来たと問うんだ。
 「しかも…アレを…」
 「『飛翔』ですか…?…俺、書道の世界なんかてんで分かりませんけど…あれは凄く好きです。いつまでも見ていたい…だから毎日通ってたんですけど。あれだけを見に…。ここ、入場料無料でよかった」
 のほほんと蓮が笑って言うと七海さんがまた顔を顰めた。
 なんだろう…?
 なんかマズイ事言った…?
 
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