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書記クンは猫かぶり 10

10 泉(IZUMI)

 八月朔日がずっと『飛翔』の前から動かない。プラス時折泉の方にちらと視線を向けてくる。
 それが落ち着かない。 
 控え室に八月朔日を連れて行って髪を触られた時は何かの病気なんじゃないのかという位に心臓はうるさく鳴っていた。
 首にちょっと触れられた時は倒れるかと思った位に動揺した。

 なんでこんなに…。
 もう分かっている。
 好きなんだ。
 ……きっとあの高跳びのバーを越えてるところを見た時から。
 見て書きたい、と思ったほどに…。
 今までそんな気持ちになった事などなかったんだ。

 「泉華センセ」
 腕に絡まってくる女。
 「今日はお一人ですか?旦那様は?」
 「やだ…だって泉華先生の所に来るのに旦那連れなんて」
 父が離れている所を見計らって女がしなだれてくる。
 こそりと耳打ち。

 「先生この後は?」
 「あいにく忙しいので」
 泉はするりと絡めてくる腕を解いた。
 「二度とあなたと寝る気はないので、旦那様と仲良くお過ごし下さい」
 にっこりと笑みを浮かべて言ってやればハンターのような目をしていた女が悔しそうな表情を浮べる。

 …なんで女を知ってるのに今更男なんかに惚れるんだ?しかも自分よりもガタイのいい奴に、だ。
 苛立ちながらも八月朔日のいる方を見れば厭きもせずにまだ『飛翔』をじっと見ていた。

 毎日通っていた、と…。
 偶然に来て…。
 ぐっと心が苦しくなる。
 別に本人に知らせるつもりもなかった。誰にも、だ。
 自分の中だけの昇華だった。
 ずっと見ていた。そう毎日毎日、少しの違いが分かるほどに凝視していたのだ。
 …分かっていたのに。
 …だから視線を合わせないように、話もしないようにしていたのに。

 スランプの時は気付かない八月朔日につい我慢出来なくなって言いにいってしまったけれど、その後もわざと八月朔日の事は見ない振りしてたのに。
 六平が五十嵐くんなんかと仲良くなってるからだ!
 生徒会だなんだ、と泉は六平と一緒にいるのが多いので、その六平がいそいそと五十嵐くんに寄っていくから。
 五十嵐くんとツルむようになっている八月朔日が近づいたんだ。

 それでも六平の影に隠れてなるべく八月朔日は見ないようにしていたのに。
 そのくせ五十嵐くんを気にしてみたりと自分のやっている事に苛立つ。

 『飛翔』を見ていた八月朔日がくるりと振り返り、泉の方に近づいてきた。
 それだけで心臓が走り出してくるんだからもう自分の心臓はやっぱり壊れているのかもしれない。
 会場には人がたくさんいるのに、八月朔日だけが浮き上がって見えるようだ。 
 いや、背が高いから!きっと!それでだ!
 「七海さん」
 そっと泉の前に立つと八月朔日がちょっとだけ屈んで小さな声で呼んだ。

 「デカイ俺がいつまでも突っ立って邪魔そうなのでもう行きますね。あの…でも…本当に見に行っていいですか?」
 「………いいと言った」
 「…はい」
 ぱっと八月朔日が破顔するのに泉は顔を背けた。見ていられない…。
 本当は断ればいいんだ。そして『飛翔』もどっかにでも寄贈すればいいんだ。
 だけど、自分でも『飛翔』は手元に置いておきたい、と思ってしまったんだから…。
 そして本人が見たいと言うのにどうしたって断りきれない。 

 「あの、俺、本当に好きです」
 「え!?」
 好き!?
 「え!?あっ!いや、ちが…くもないけど、でもちが…っ…あのっ!『飛翔』が!!…ですっ」
 八月朔日も顔を真っ赤にして慌てて言い訳するように言ってきたのに泉も顔が火照ってきた。
 「あ、ああ…うん…」
 何を言うんだ!?こいつは!?
 驚いた!
 『飛翔』の事なら納得する。…けれど、今、違くも、ないと言った…?

 「じゃ、あの…俺…行きますねっ!……七海さん、明日学校で」
 「………ああ。その……ありがとう」
 「いえっ!じゃあ!」
 八月朔日は顔を真っ赤にしたまま逃げるようにして会場を出て行った。
 人波の中に紛れ込んでも八月朔日の頭は飛び出ていてどこにいるかすぐに分かる。

 八月朔日に知られてしまった。
 まさかこんな事になるなんて予想もしていなかった。
 ここに八月朔日が現れるなんて。
 いや、現れたって普通に見て回ってというならそのままにしていたかもしれない。でも八月朔日は『飛翔』だけを見に来たんだ。
 だから…どうしたって…無視できなかった。
 もう…手遅れだ。折角今まで抑えてきたのに…。
 いや、まだ早い。
 まだ抑えられるはず…。
 泉は八月朔日の頭が見えなくなるまでずっと視線を離さなかった。
 
 

テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学

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