12 泉(IZUMI) 今日は六平は全然五十嵐くんの所に行く気配がない。
いつも何かとわざわざ五十嵐くんの教室の前を通ったりするのに今日に限って全然それがないのにこの野朗!と内心毒吐く。
明日、学校で、と言ったのに全然会えないじゃないか!
どきどきとして待ってたのに…。
会ったらどうしようと思っていたのに会えないまま時間が放課後になってしまうと今度は不安になってきた。
八月朔日のほうから来るかと思ったのに来ないし。
いや、さすがに2年の教室に何の用事もなしには来ないか…。
少し恨めしく思って六平を睨んだ。
「…なんだ?」
「………今日は五十嵐くんとこ行かないんだ?」
「移動教室もないって言ってたし。問題も落ち着いたから」
チッと舌打ちする。
「なんなんだよ?」
「別に」
「別にで舌打ちかよ。別に自分が行きたきゃ行けばいいだろ」
「行きたいわけじゃない!」
「何?八月朔日と何かあったのか?」
「は?何で八月朔日なんだ?」
「…………」
呆れたように六平が見ていた。
「……八月朔日の下の名前ってなんていうんだ?」
「…蓮」
「ほらな」
「なにがほらな、だ!?」
「お前がフルネーム覚えるなんてあり得ないだろう?」
「何を言う!お前のだって言えるぞ。六平 泰明だ」
「…………そうですね。俺のフルネーム覚えるまで小学校6年間かかったけど?」
「……………………気のせいだ」
じろりと六平が睨んでいる。
「気のせいじゃねぇよ。毎年名前聞かれてたんだからな」
「……覚えられないんだ」
「覚えられないんじゃないだろう?覚える気がねぇだけだ」
「…………」
その通りなので思わず黙ってしまう。
「五十嵐くんのだって言える!五十嵐 駿也だろう?」
「…俺が呼んでるから覚えただけだろうが。じゃあクラスの奴等の名前言ってみろ?外部生は数名だけだ。あとはもう小学校から一緒で顔も名前も見知っているだろう?」
「……………」
言っては何だが自信がない。
「だって話した事もない奴がほとんどだ」
「それはお前が勝手に話さないだけだろうが!それにしたってもう10年以上顔は見てるはずだ。話した事なくても知っているのが普通だ。ああ?」
「……」
言葉が詰まってしまう。
「それが1学年下でしかも外部。話した事も俺が知っている限りではないのにフルネームが言える?」
ああん?と六平が泉の顔を覗きこんできた。
「嫌なヤローだ」
「…しかたねぇだろうが。無駄に一緒にいるんだ。気付くだろう。…いいけどお前がなんで八月朔日を?」
「…別に秀邦の悪習に冒されたんじゃない。跳んでいる所が綺麗だったんだ」
「ああ…いつだったかも見ていたな」
「…ああ」
薄く泉が笑うと六平がまた呆れた顔をしていた。
「十分悪習に惑わされてる顔だけど?」
「違う!」
「悪あがきだな」
「うるさい!」
こんな言い合いも実はかなり小声だ。泉はなるべく学校では大人しく目立たないようにしている。
面倒だから。
面倒は家の事だけで十分だ。
六平は何も言わなくても泉が学校では猫かぶって静かにしているのを知っているのでそれを剥がす様な真似もしない。
だからこそ一緒にいるんだ。
「そんなん気になるなら自分から行けばいいだろうが…八月朔日は部活だろう?暑いし飲み物でも差し入れしてやったら?」
「……そうする」
「じゃ俺は先に生徒会室行ってる」
ひらひらと六平が手を振って行ってしまったので仕方なく泉は飲み物を買って校庭に出た。
仕方なく、だ。
…暑いな…。熱中症とか気をつけないと…。
こんな炎天下でずっと外で練習なんて泉には考えられない。
高跳びのバーに近づきながら八月朔日の走っている姿を見つけたらすぐにその八月朔日が一目散に走ってきた。
嬉しそうにしながら、だ。
八月朔日も本当は待ってた?
「七海さんっ!」
昨日外で会って初めてちゃんと話したのが嘘のような感じだ。でも、こうして普通に八月朔日が寄ってきた。
そして泉の腕を引っ張って木陰に連れて行く。
別に自分はそこまでヤワなつもりはないが…。
でもタンクトップに日焼けした黒い肌と細身ながらも筋肉質の身体に比べたら自分は確かにただのガリにしか見えないかもしれないなとちょっとは思う。
泉はまったくもって運動は苦手ではあったけど。
だからこそあんな高さの所を人が跳ぶなんて泉には信じられないんだ。
そしてだからこそあの『飛翔』が生まれたんだ。
テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学