15 泉(IZUMI) うぬぼれていい、って何がだ!?
八月朔日はいったい何を言っているんだ?
泉の頭の中がぐるぐると回りそうだ。
げし!と五十嵐くんとイチャついている六平の足に八月朔日から見えないように影から蹴りを入れた。
「いてぇな。何すんだ」
「…教室戻ってる」
「え?七海さんっ」
八月朔日が泉の腕を掴んだのにかっとなって思わず八月朔日の手を振り払うと、泉はそそくさと一人で自分の教室に戻った。
八月朔日に触られると落ち着かない。
日に焼けた黒い肌が男らしい。
自分の生白い腕を見て溜息を吐き出した。
「お前がさっさと行ってしまって八月朔日が何か怒らせかと心配していたぞ」
すぐに六平が戻ってきてそう言ってきた。
「違うとは言っておいたけど?」
「……………」
ジロリと思わず六平を睨んだ。
「なんで俺が睨まれるんだよ?お前が素直じゃないだけだろ」
「……………うるさい」
「いや…思ったより素直か?」
ぶふっと六平が笑った。
「八月朔日には普通に話せるみたいだし?」
「……全然普通じゃない」
「お前にしちゃ普通だろ。普通というか素?」
「…………」
確かに八月朔日の前では愛想笑いも出ていない。
そんな余裕なんかないからだ。
「よかったねぇ?八月朔日来てくれるって言ってくれて」
「…うるさい。お前は五十嵐くんさえよければそれでいいくせに!」
「そうだけど?」
平然と肯定する六平を睨む。
「しかし八月朔日は七海のいったいどこがいいんだ?」
「…は?」
「裏表激しいし、素直じゃないし、めんどくさがりだし、ひねくれてるし…」
「…………」
「そんななのに七海さん、七海さんって。変わった奴だな」
「…そんな風に思っていたんだな、お前は」
「そうだけど?まぁ俺だってお前ほどじゃないけど似た様なもんだ」
確かに。
「それ言ったら五十嵐くんは六平の一体どこがいいんだ?」
「さぁ?でも駿也は可愛い」
「バカだ…」
六平には呆れる。
でも、確かに五十嵐くんは可愛くなったとは思う。
前はつんとした感じだったのが今はない。
「……八月朔日も五十嵐くんを可愛いと思うんだろうな」
「それは困る!七海、可愛くしとけ!」
「うるさい」
なにが困る、だ。このバカップルが!
可愛く、ってどうすりゃそんな事になるのか分かるはずないだろうが!
大体八月朔日に比べたら背は低いとはいえ175も身長がある男に可愛さなんか無理だろうが!
…というか、何自分も可愛いに反応してるんだ!?
関係ないだろ。
昼休みに泉のクラスの前の廊下に八月朔日がいるのを見つけた。
一人で来たのか?
顔を上げた時に視線が合って泉は廊下に出た。
「七海さん」
「…ちょっと来い」
ぱっと八月朔日が顔に笑みを浮べたのに八月朔日の腕を引っ張って柱の影に連れて行った。
「七海さん…怒ってない?」
「……怒ってない」
何に怒るというんだ。
…しかし、先週までは視線も合わせなかったのに…なんなんだ、この違いは。
柱に背中をつけて七海が立ちその前に八月朔日が立っている。
ちょっと目線を上に向けると八月朔日がじっと泉を見ていた。
なんでそんな目で見てるんだ…。
「七海さん…」
そっと八月朔日が手を伸ばしてきてまた泉の髪に触れた。
思わずぎゅっと目を閉じる。
なんでこんなに心臓がうるさいのか。
八月朔日といると自分が自分じゃないようだ。
「『飛翔』…もう七海さんの家にあるんですか?」
「…ああ」
「見たい…な…」
「………インターハイ終わったら。それまで練習忙しいだろう?」
「そうなんです…。インターハイ終わればちょっと休みありますけど、それまでは練習休めないし…。七海さん見に来てくれるなら余計に無様なとこなんか見せられないし…」
「…八月朔日なら大丈夫だ。『飛翔』はいつでも…。俺の部屋にある…から」
「………七海さんの部屋に?じゃ、俺七海さんの部屋行っていいって事?」
「…いい、と言った」
「…うん。あの…インターハイも楽しみです。その後の会長の別荘も…それに『飛翔』も…」
「……ああ」
全部泉が関係してくるから?なんてそれこそ泉の方がうぬぼれそうだ。
「俺、ちゃんと決めて言いますから…」
「決めて?」
「はい」
何を…?期待していいのか…?
「じゃ」
結局何の用事だったのか、八月朔日はそのまま自分の教室の方に戻って行った後姿にはぁ、と泉は溜息を吐き出した。
そしてくっと笑ってしまう。
六平の言うとおり、分かりやすい。こんなに動揺するなんて、自分でも知らなかった。
テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学