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書記クンは猫かぶり 17

17 泉(IZUMI)

 「すみません!待たせちゃって」
 「……別に」
 八月朔日が走ってきて泉の隣に並び、一緒に電車の駅へと向かう。
 聞けば電車は同じ線の同じ方向で二駅しか離れていなかった。
 「意外と近かったんですね」
 八月朔日は朝練もあるし、帰りも遅いので会った事がなかったのだろう。
 来た電車に乗ると柄の悪い奴がグループで乗っていたのに泉は顔を顰めた。
 私服だが高校生だろうか?

 「七海さん」
 こっち、と八月朔日がそいつらから離れてドア近くに立つ。
 泉だって背はあるほうなのに、八月朔日はまるで泉を守るように背中に立った。
 なんかそれが落ち着かない。
 「七海さん、駅から家までどれ位ですか?」
 「歩いて15分位かな」
 「…………一緒行きますね」
 ちらと八月朔日がニヤついて泉達の方を見ている奴等を視線で確認していた。

 「…別に」
 「いえ…。心配ですから。ついて来ないならそれでいいですけど…」
 「まさか」
 「ちょっと嫌な感じしますねぇ…」
 暢気に語尾を延ばして言う八月朔日を振り返った。
 「七海さん…傍離れないでくださいね」
 特に緊張した様子もない八月朔日にほっとしてこくりと頷くと八月朔日が顔を泉の肩に乗せた。

 な、何してんだ!?コイツ!?
 「もし、何かあった時は七海さんは走って逃げてください。走るの得意?」
 耳元に小さく八月朔日が囁いてきた。
 「……得意じゃない」
 「……………そんな感じはしましたが…じゃあもし、ですけど。万が一の時は走ってどこかの店とかに駆け込んでください。いいですね?」
 「いやだ」
 「いやだ、じゃなくて……七海さん、喧嘩したことあります?」

 「…………ない」
 「でしょう?七海さんが俺は心配なので、七海さんは店に逃げ込む。あとは警察呼ぶか助け求めるかしてください。そのほうが助かります。別に何もなければいいですけど…」
 確かに万が一があったら何も出来ないだろう自分は邪魔なのかもしれない。
 「八月朔日は喧嘩…とかあるのか…?」
 「う~ん…ちょっとは。好きではないですけどね」
 言う事を終えたのか八月朔日が顔を離したのに泉はほうっと息を吐き出した。

 「ま、ついてこなきゃ何もないですけどね」
 軽く言う八月朔日と一緒に泉の利用する駅に降りた。
 「八月朔日………」
 改札を通った泉は思わず八月朔日の腕を掴んだ。
 「…ついてきちゃいましたね」
 はぁ、と八月朔日が大きな溜息を吐き出した。
 「七海さん、なるべく人通りの多い道を」
 「あ、ああ…」

 どうしよう…。八月朔日はインターハイもあるのに。
 「大丈夫ですよ」
 なんで八月朔日はこんなに落ち着いているのか。泉は嫌な動悸がずっとしているのに。
 「七海さんちって誰かいらっしゃいますか?」
 「…今の時間はいないと思う…」
 「う~ん……俺だけだったら走っていけるけど…七海さんは無理だよな」
 「………」
 大丈夫だ、とはとてもじゃないが言えない。

 八月朔日が歩きながら店のガラスを見て後ろを確認している。
 ここらへんは店が多いし、駅近いから人も多いけど。
 「う~ん…地理もこのへんはさすがにわかんねぇなぁ…」
 「…あと住宅街になるから…」
 「人通り減りますか…」
 泉も八月朔日のまねをしてガラスで後ろを確かめた。

 一見全然普通に見える。
 3人で話して笑いながら歩いてるように。
 けれどずっと一定の距離を保ち、時折視線をこっちに向けているのが分かった。
 「3人ならいけるかなぁ…。いけるけど、七海さんがな…とにかく、俺が行って!と言ったら後ろ向かないで走って逃げてください。いいですね?」
 「…………」
 「七海さん」
 「………わかった」

 いけるという位なんだから八月朔日は大丈夫なのだろう。自分がいたほうが足手まといなんだ。
 なんか格闘技でも習っておくんだった、と今思っても遅い。
 「う~ん…そろそろ…かな」
 八月朔日がぐいと七海の肩を掴んできた。
 「八月朔日…」
 「俺から離れない。いいですね?」
 こくりと頷くしかない。

 「秀邦のお兄さん」
 すぐ後ろから声が聞こえた。いつの間にこんなに近づいていたんだ?
 どきどきと嫌な音が鳴ってくる。
 八月朔日は泉の肩を掴んだまま後ろを振り返った。
 住宅街に入って人通りがなくなっていた。しかももう薄暗い。

 店は走ってもちょっと先だ…。
 どうしたら…。
 泉は電気のついている家をチェックする。
 けっこうついてはいるから人はいるのかもしれない。
 でも助けを求めても出てくるのだろうか?
 不安で泉はぐっと抱きかかえるようにした八月朔日の胸辺りを思わず掴んでいた。
 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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