22 蓮(REN) 浴衣は着慣れないけれど、なんとなく気持ちがいい。
大人になった気分かも。
でも!七海さんの部屋に一人で戻って広い和室に並んだ布団にまたおかしな気分になってきそうだ。
いや、修学旅行だと思え!
……って絶対無理だ。
心を落ち着かせる為に蓮はまた『飛翔』の前に座った。
字の上手い下手位はわかるけど、書の事なんて全然分かりもしない。
それなのになんでコレは見ても見ても飽きないんだろう?
どれ位見ていたのか。
「…まだ見てたのか?」
「はい。飽きないですか、ら…。……っ!」
七海さんの声に振り返ったけど、やばいっ!やばいっ!
ヤバイ、と思いつつちら、っと七海さんを盗み見る。
だって!浴衣!…で胸ちょっとはだけて…髪ちゃんと乾かしてないのかしっとり濡れてるし。
自分なんか髪短いからタオルで拭いただけで乾いてしまうのに…。
白い肌の七海さんの首にへばりつくような黒い髪の房が…。
「何?」
生唾を飲み込んで思わず凝視してしまっていたのに七海さんが首を傾げた。
「暑いな」
濡れた前髪をかきあげればその端整な顔がはっきり見える。
いっつも髪と眼鏡で隠れているのに。
そういや眼鏡外した顔見た事ないな…。
「七海さん…」
蓮は立ち上がって七海さんの前に立つとそっと怪我をしてない方の手を伸ばして七海さんの眼鏡に手をかけた。
七海さんは何も言わないで蓮のする事に黙っている。
止めてくれればいいのに!
眼鏡を外すとふっと七海さんが目を伏せた。
長い睫…。
「七海さ、ん……」
心臓がドキドキするのと連動して傷口までズキズキしてくるけど、それどこじゃない。
どうしよう…抱きしめたい…。
そっと腕を回して七海さんの肩に手を回した。
包帯の巻かれた腕にもつい力が入り、さらにズキンと痛んだけど…。
ちょっ!!!
七海さんにやめろ、と言われるのを待っていたのに!
それなのに、七海さんはさらにそっと手を蓮の胸に添えてきた。
「七海さんっ!ダメですっ!」
がばっと蓮は七海の身体を離した。
「…ダメ?八月朔日からしてきたくせに?」
くすっと七海さんが紅い唇で嫣然とした笑みを浮かべた。
「そ、そう、です、けどっ!七海さんは止めてくれないと!」
「何故?」
七海さんがくすりと笑みを浮かべて頭を傾げた。
「何故って!止まらなくなるから!」
「どうして止めなきゃない?」
どうしてって!!!
「とにかく!ダメ」
眼鏡を七海さんに返すと七海さんははぁ、と小さく嘆息して眼鏡をかけた。
「…変なやつ」
変じゃないです!変なのはあなたですっ!
「…傷は?痛むか?」
「痛いです!」
「………じゃあ横になったら?」
「そうします!」
顔が熱い!
なんなの!?この人!?分かんない!
学校で遠くから見てた時は大人しい儚げな人のイメージだったけど。全然違う。
蓮は動揺したまま、そそくさと布団に入った。
「八月朔日」
「はいっ」
「もし具合悪いとか何かの時はすぐに言って?」
「……別に何もないですよ?」
七海さんがそっと横になった八月朔日の額に触れた。
「…熱もないな?」
「ないです。具合悪いもないです」
心配そうな七海さんの瞳に絆されてしまう。
そして思わず八月朔日も笑いが出てきた。
「…何がおかしい?」
「いえ…七海さんには振り回されっぱなしだなぁと思って」
「……嫌か?」
「全然」
すっと七海さんの手が蓮の頭を撫でてくれるのが気持ちいい。
ホント翻弄されっぱなしだ。どこもかしこも。
「八月朔日」
え………?
蓮の枕元に座っていた七海さんの顔が横になった蓮の顔に近づいてきた。
大きく目を瞠って七海さんの顔を凝視していた。
七海さんの伏せられた目と長い睫が目に入る。
そしてさらりと七海さんの髪が蓮の顔を触った。
その七海さんにぼうっと見惚れていると唇が軽く重なった。
え……?
「…おやすみ」
すぐに七海さんは離れ、部屋の電気を消して隣の布団に入ったのが分かった。
分かったけど…。
…………え?
キス!?
呆然としたまま真っ暗の中で蓮は自分の唇を手で触れた。
今、した…よな?
…夢?
あまりにも自分がいっぱいいっぱいになりすぎて夢でも見たのか?
願望が夢で出た?
いや、違う。だって七海さんの髪が触れた…。
…はず。
視線を隣の布団に向けたけど、真っ暗で七海さんの表情なんて見えなかった。
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