29 泉(IZUMI) 好きだと…八月朔日が言ったけど…。
それが嘘だとは思わないけれど…。
「…面白くない」
ぼそりと呟くと八月朔日が泉の顔を覗きこんできた。
「七海さん?」
「…何で今なんだ?…俺は何も聞かなかった!」
「何を…?」
「何も聞いてないっ!」
インターハイ終わったら、って言ったのに、五十嵐くんに言われればほいほいというのか!?
違うだろ!
「バカモノ!」
「七海さん!?」
八月朔日の手を振り払って泉は生徒会室を出た。
ふざけるな!
そのまま教室に戻る。
自分がめんどくさい奴だと分かっている。それでも面白くないんだ。
好きだと言われて面白くないって…。
いや!絶対八月朔日が悪い!
好きだと言われて嬉しい。…けど面白くない。ムカムカしてくる。
イライラしてると六平がにやけた顔で教室に戻ってきた。
くそ!と泉は立ち上がってつかつかと六平に近づき、思い切り足を踏んづけてやった。
「何だよ?ちゃんと言われたか?」
「言われてない!聞いてない!」
「ああ?八月朔日何してんだ?…ん?聞いてない?」
「八月朔日のせいじゃない!五十嵐くんが余計な事言うからだ!」
「駿也のせいにするなよ。はぁん?駿也に言われて八月朔日が告ったのが気に食わないんだ?」
「……そんなんじゃない」
「ほんとめんどくせえ奴だなぁ。別にいいだろうが。気持ちに嘘があるわけでもないのに」
そんなの六平に言われなくとも分かってる!
「こんな奴のどこがいいんだか…俺には分からん」
「うるさいっ!」
自分でもそう思うのに!さらに六平が追い討ちをかけてくる。
「帰るぞ」
むっとしたまま八月朔日を迎えにいけば八月朔日は何事もなかったかのようにはい、と笑顔だ。
それにまた苛立ってしまう。
なんだよ…八月朔日はなんとも思ってないみたいじゃないか。
「もう早坂さんが来ているはず…」
「ええと…その早坂さんって人は?」
「父のお弟子さんで付き人だ」
「へぇ…あ、ちょっとコーチの所に寄ってもいいですか?話はもう聞いてると思いますけど報告に」
こくりと泉が頷く。
…なんでこんなに八月朔日は普通なんだ?
八月朔日がコーチと怪我の具合とこれからの打ち合わせを話ししているのを待ち、そして早坂さんに病院と八月朔日のマンションまで行って着替えやいるものを八月朔日が用意するのを八月朔日の部屋で待った。
「狭いでしょ?学校の用意と着替え位なんですぐ終わりますから」
「…別に急がなくていい」
八月朔日の部屋…。
机にシングルのベッドに小さめのテレビにゲーム。あまり物が多くはない。
机の上に陸上の雑誌があったので手に取ってみる。
ぱらりと見るとインターハイ注目選手の所で八月朔日が写真つきで出ていた。
「八月朔日」
「はい?」
「コレ……まだ売ってるか?」
「え?ああ、まだ売ってると思いますけど…欲しいんですか?いいですよ?それ持っていって。俺もう見たし」
「…いいのか?」
「ええ。でも七海さん陸上なんて興味ないのに?」
「陸上は興味ないけど八月朔日が載ってる」
「………あ…え、と…はい」
八月朔日が嬉しそうにはにかんだ。…かわいいじゃないか。
「じゃ、貰う」
「どうぞ。あ、用意オッケーです」
泉は八月朔日の載っている雑誌を手に八月朔日のマンションの部屋をあとにする。
「お父さん一人で大丈夫か?」
「え?ああ、別に大丈夫でしょ。署に寝泊りも多いし。気にしなくていいですよ?……っていうか、俺も別に一人で大丈夫なんですけど」
「……………八月朔日は俺が一緒じゃない方がいいのか…」
エレベーターで下に下りながらぼそりと呟いた。
「そうじゃないです!……けど…そうかな…」
え?
思わず八月朔日の顔を見た。
一緒じゃない方がいいのか…?
なんだ…やっぱり八月朔日はそれほどでもないという事なのか…。
泉は一緒にいたいと思うのに。
でも離してやらない。
自分ばっかり八月朔日の事が好きすぎる気がする。
八月朔日はきっとそれほどでもないんだ。五十嵐くんに言われて好きだと言って、一緒じゃなくてもいい位で…。
なんだ…。
でもそれでももう八月朔日を離してやらない。もう遅い。
こうならないように八月朔日と話もしない、顔も合わせないようにしていたのに、今更もう戻る事なんて無理だ。
じゃあ八月朔日を離さないようにするにはどうしたらいいんだろう…?
泉はちらっと八月朔日に視線を向けると八月朔日も泉をじっと見ていた。
テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学