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書記クンは猫かぶり 31

31 泉(IZUMI)

 風呂って母親に言われて八月朔日を風呂場に連れて行った。
 八月朔日が落ち着かなく視線が彷徨っているのがおかしくて笑いそうになる。
 …だって意識してるってことだろう?
 なんとも思ってないなら男同士だしなんてことないはずだ。
 「腕上げて」
 包帯と傷口を濡らしちゃいけないからさすがに泉からけしかけることは出来ないけど。
 大人しく八月朔日の頭と身体を洗ってやる。

 「し、し、下はいいですからっ!」
 「なんで?別にいいけど?」
 「七海さんっ!」
 八月朔日が真っ赤になっていた。
 腕を濡らさないように気をつけて流し終えると八月朔日がほうっと大きな溜息を出していた。

 「…傷綺麗ですって」
 「…よかった」
 湯船に入ってやっと八月朔日が落ち着いたように言ったのに泉も頷いた。
 風呂の縁に腕を置いてずっと手を上げた状態だけど、暑くて汗で濡れそうだ。
 「暑いだろう?上がろう」
 泉が立ち上がればまた八月朔日端線を彷徨わせる。
 くすと顔を俯けて笑ってから脱衣所で身体を拭いてやり、八月朔日が自分で下着をつければやっと安心したような顔をする。

 「浴衣でいいのか?」
 「あ、はい。浴衣なんか普段着られないから是非、お願いします」
 指先はなんともないので着替えとかは自分で出来るのがちょっと残念だが浴衣を着せるときに抱きつく感じになるのがいい。
 「…傷の痛みは?昨日は病んだだろう?」
 「今日は大分いいですよ」
 腰紐を回しているとまた八月朔日の手が泉の髪を撫でてきた。
 「髪濡れてます。ちゃんと乾かさないと」
 「暑いからすぐ乾くだろ」
 そんなこんなでドキドキの風呂も終わって、夕食もいただいたし、あとは部屋に二人きりだ。
 
 「お前勉強は?」
 「あ、します。秀邦…レベル高いから俺ついてくのけっこうギリです」
 「……そうか?そのわりに上位者にいただろうが」
 「一応いないと!スポーツ特待といっても成績悪いんじゃね…」
 八月朔日はマジメだ。

 「そういう七海さんなんかさすが上位5位に入っててすごい…」
 「会長と副会長いなければな…学年首位も狙えるけど、あの二人は桁が違うから」
 会長はオール満点という化け物だ。
 「……会長の頭の中ってどうなってるんでしょう?」
 「しらん。きっとICチップでも入ってるんだろ」
 八月朔日が声を出して笑った。
 「確かに!」
 こんな普通の素の会話なんて誰ともないのに…。

 「七海さん?ここ教えて?」
 座卓の上で八月朔日が数学の問題と睨めっこしていたのに泉は自分の机から八月朔日の隣に座った。
 「ああ、これはこっちの応用だ。…いいけど怪我してる利き腕で字書くのも酷くないか?」
 「力入れなきゃそれほどでもないです」
 顔を上げて八月朔日を見れば距離が近いのにどきりとした。
 「七海さん…」
 小さく八月朔日が呼んだ。
 そしてぐいと八月朔日の左手が泉の身体を抱き寄せる。
 視線はずっと絡んだままだった。

 「ほ…ずみ…」
 「…キス、したい…いい…?…ちゃんとインターハイ終わったら言う…。けど今…こんなに七海さん近いのに…」
 「………いい…」
 一緒にいたくないと言ったのにキス…?でも泉がダメなんて言うわけない。
 泉は小さく囁いて目を閉じた。
 衣擦れの音に八月朔日が近づいてくるのが分かる。

 そして唇が重なった。
 自分の心臓がうるさい。
 ふっと縋るように八月朔日の胸元に手を触れたら八月朔日の心臓もどくどくと大きく鼓動を鳴らしていた。 
 そっと離れる唇。
 「ドキドキ…凄いでしょ?」
 くすと八月朔日が笑うのに泉は首を横に振り、怪我をしている八月朔日の指先を掴んで自分の胸の上に誘導した。

 「…七海さんも…ドキドキしてた…?」
 「…してる」
 「そっか…」
 へへ、と八月朔日が照れた笑いを漏らした。
 「言いたいな…でも七海さんに拒否られたから…」
 「別に拒否したんじゃない」
 「今度はちゃんと…聞いてくれる…?」
 こくりと泉が頷くともう一度八月朔日の顔が近づいてきた。

 キス…?もう一度…?
 何度も何度も啄ばむように軽く合わされる唇。
 八月朔日の心臓のドキドキと泉の心臓のドキドキが互いの手を通して伝わってくるのに、どっちの心臓の音か分からなくなってくる。
 「ほ、ずみ…」
 はぁ…と息が漏れてもまだ八月朔日は何度も足りないといわんばかりにキスを繰り返した。

 好きだ…。
 八月朔日が言いたいな、と言った気持ちが分かる。でももうちょっとだけ待とう。
 インターハイが終わるまで…。 
 その頃には八月朔日の傷ももうよくなっているはずだ。
  
  

テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学

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