32 蓮(REN) 「お弁当ありがとうございます!おいしいです。俺まで本当にすみません…。怪我してよかったかも…とか思っちゃいます」
本当に!
怪我のおかげで七海さんと一緒にいられるし、弁当は作ってもらえるし、『飛翔』はいつでも見られるし、浴衣姿の七海さんは見られるし、昨日はキスまでしちゃった。
「八月朔日くん可愛いわよねぇ。泉は反応薄いから可愛くないんだもの」
反応薄い?そうかな…?
そんな感じで学校の送迎までしてもらって至れり尽くせり。おまけに全部終わって七海さんの部屋にいけば二人きりで、一度キスしてからはもう毎日…。
隣にいるのに、手を伸ばせば届くのに我慢出きるはずなどなかった。
ただそれ以上はさすがに我慢だけど、風呂での七海さんを思い出しちゃうとかなりやばい。
我慢、我慢…。
傷は順調に回復し、そこも安心する。
一週間まるまるやすんだら身体が鈍ってしまうので、走ったりストレッチなど、七海さんが生徒会の仕事がある時は蓮も部活に出ていた。
ただまだバーは跳べない。
完全に傷が塞がるまで、どうしても傷が深かったから医者にそれは止められていた。
成功するだけならいいけど、バーにぶつかったりは当然あるので、やはり医者のいう事は聞かないと。もし無理してインターハイに出られなくなったら大変だ。
けど…。
皆の練習を見て、ああ、跳びたいな…と思う。
それと『飛翔』を見てもやっぱり跳びたいな、と思ってしまう。
あの『飛翔』のようにまた跳べるのだろうか、という不安が少しばかり過ぎってしまう。
どうしても跳ぶ期間が空けば恐怖心が出てくるのは当然だ。
…でも跳びたい、と思うのも本当だ。
怪我がなかったらこんなに跳びたいという思いも湧かなかったかもしれない。
今までこんなに焦れた思いをした事はなく、ただ跳んできただけだった。勿論バーを越えた時は気持ちいいし、記録を伸ばしたときだって嬉しい。でもここまで跳びたいと、大会に出たいと思った事はなかった。
それを思えばこれも自分にプラスになっているのだろうか?
じっと蓮はバーを見て、そして目を閉じる。
小学校高学年で高跳びを初めてした時から中学、高校とずっとしてきた。
助走をして軸足で踏み切り、バーを越え空が目に映る。
マットに沈んで、そして視線の先に七海さんがいてくれればもういう事なしだ。
ぱっと目を開けて生徒会室の方を見てみれば窓に七海さんの姿があった。
今はもう七海さんは視線をそらすことはない。
代わりにじっと蓮を見ている。
好きです、と言えるようにインターハイでは自分に満足した跳びと成績を残さないと。
頑張ろう!
蓮は空を仰いだ。
1週間が経ち、抜糸が終わった腕に突っ張った感じもなくなり何回も腕を曲げ伸ばしする。
傷痕は残っている。でもこれは七海さんを守った証しと自分への過信の戒めだ。
「抜糸終わりましたよ」
待合室で待ってくれている七海さんに腕を見せた。
毎日の消毒にもいつも七海さんは付き合ってくれ、包帯が解ければ巻いてくれるし、風呂まで付き合ってという甲斐甲斐しい看護ぶりだったけど、やっとそれも終わり。
風呂が一緒じゃなくなるのには安心間と残念感が入り混じってしまうという微妙さだけど…。
腕をそっと七海さんが労るようになぞった。
「傷…残る…な…」
形の整った綺麗な眉を顰めながら七海さんが苦しそうに言葉を出した。
「俺は嬉しいですけどね。誇らしくもあるけど。七海さんにこの傷がつかなくてよかった」
そうナイフを持った男は七海さんに振りかぶったんだ。七海さんのどこにもこんな傷など残したくない。
「八月朔日…」
「これでやっと七海さんに家にも迷惑かけてたのがなくなる。申し訳なくて…」
「そんな事!」
ぶるぶると七海さんは顔を俯けて首を横に振った。
「今日俺自分ちに帰りますね!でも七海さんのご両親には挨拶しないと」
「…今日は帰るな。うちの親も抜糸のお祝いだって言ってた」
「お祝いって!」
七海さんを好きすぎで、よくしてくれる七海さんのご両親には申し訳なくてどうにも蓮はいたたまれなくて落ち着かないのだが…。
「だから今日は泊まっていけ」
「そうですか…?でももうなんともないし…」
「ダメだ」
七海さんは頑なに泊まっていけ、と何度も繰り返した。
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八月朔日と七海をばけもぐさんからいただきました~
ありがとうございます~m(__)m
情景の表現が素晴らし!です~~~(><)
サムネイルになっておりますので、
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ありがとうございます~m(__)m
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