40 泉(IZUMI) 跳べる事が楽しいといわんばかりの八月朔日のハイジャンプを見て安心して生徒会室に戻ってきた泉は、今度はその生徒会室の窓から八月朔日の様子を見ていた。
「八月朔日の調子は?」
「…いいようです」
隣に立ったのは会長だった。
本来ならインターハイ出場選手が刃傷沙汰なんてニュースになっていい位なのに…。
いくら八月朔日が悪くなくとも、だ。
「…ありがとうございます」
泉は頭を下げた。
何も会長は言わないけれど…。
「……俺がそこまで動くまでもなかったがな。八月朔日の父親が警察だった事もあって」
「それでも…ありがとうございます…」
学業では有名な秀邦ではあるけど、スポーツ面では弱い。その中でインターハイ出場を決めている八月朔日は学院でも稀有な存在なはず。
それなのに学校側からも何もお咎めがないのも会長のおかげなはずだ。
昨日は怪我のおかげでずっと傍にいた八月朔日がいなくなるのかと焦って思わず自分から仕掛けてしまったが間違っていただろうか…?
今八月朔日に必要なのは自分なんかじゃないはずだ。
今日の練習の八月朔日を見ても分かる。
跳べるのが嬉しい、と全面に見えた。
怪我を負わせてしまったのは自分だ。足手まといになって。
偽善を装って八月朔日を家に連れて行って、満足していたのも自分なんだ。
何かと気を遣う八月朔日は肩身の狭い思いをしていただろう。
それでも…好きだと、何回も言われたのに歓喜しているんだ。
あの全国の雑誌に載る位の選手を自分が捕まえていいのか…?
今更だ…。
もう八月朔日がいない事が考えられない位なのに…。
でもインターハイまでは少し距離を置いた方がいいのだろうか…?
余計な事で八月朔日を煩わせない方がいいに決まっている。
八月朔日はちゃんとインターハイが終わったら、と言ってたのに我慢できなかった自分が愚かだ。
どうしよう…?もし八月朔日がインターハイで結果を残せなかったら自分の所為だ。
怪我で大事な時期に1週間も練習を休ませて、インターハイ終わったらと八月朔日にけしかけて…。
自分の事しか見えていなかった。
幸いなのは今日の練習を見て1週間休んだにも関わらず八月朔日の調子がいい事だ。
そこに安堵する。
自分の事じゃない。八月朔日の事を考えるんだ。
八月朔日はいつも泉の事ばかり気にしているのに一体自分は…。
なんでも自分が八月朔日を振り回しているんじゃないか。
不調の時に一言言った後も、八月朔日は何度も泉に話しかけてこようとしていたのは分かっていた。
そこで話せばよかったのにわざと顔も合わせなかったのは自分だ。
それが展示場で八月朔日を見つけて我慢出来なくなったのも自分。
好きだと言ってくれたのに聞かない振りしたのも勝手に五十嵐くんに嫉妬してたからだ。
今更後悔したって全部遅い。
なんて自分はバカなのだろう…?
くっと思わず苦笑が出た。
「ん?どうした?」
「…なんて自分はバカなのだろうと…」
すると会長もふっと笑った。
「俺もそう思う時がある」
「え?会長がですか?」
同学年であっても会長に対してはどうしても言葉遣いは丁寧なものになってしまう。
「恋する男なんて皆バカだろう?」
「……………」
会長の口から恋…?
泉は思わず目を大きく瞠って会長を凝視してしまう。
そして思いっきり声を出して笑ってしまった!
「恋!……っ!」
会長でさえ恋に悩むのか?
誰でも従わざるをえないような会長でさえも?
「笑い飛ばすなんて失敬な奴だな」
「す、すみませんっ…」
謝りながらも笑いは止まらない。
「七海をそんなに笑わせるなんて…会長何言ったんです?」
六平が興味深そうに口を挟んできて、さらに副会長も窺っているのが見えた。
「何って…恋する男は皆バカだと言っただけだが?」
平然として繰り返し言う会長に泉は腹を抱えて笑ってしまう。
「まぁ、確かに自分がバカだとは思いますけどね」
六平が納得したように言うのにまた笑う。
「確かに!お前はバカだ」
「ホント容赦ないやつだよな」
「………七海ってそんなキャラだったのか?」
「二宮副会長。こいつはそんな奴ですよ?表では大人しそうな顔してますが、毒舌にしかも手足も出ます。俺なんかいっつも蹴られたり足踏まれたり殴られたりされてますから」
「バラすな!」
「へぇ~」
くすくすと二宮副会長が笑っていた。
テーマ : 自作BL小説
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