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書記クンは猫かぶり 45

45 蓮(REN)

 「く~~~~~…」
 電話を持ったまま蓮は悶えた。 
 きっと今頃七海さんは真っ赤な顔しているかもしれない。
 その可愛い顔が見られないのが残念で仕方ない。
 でもいい!
 蓮って…呼んでくれた。

 七海さんは本当にあんまり人の名前と顔を覚える気はないらしい。
 一緒に登下校してた時よく七海さんは声をかけられていた。 
 生徒会役員なんかをしているから当然なんだけど、中には一緒にいる蓮を何だコイツ的な目で見てくる奴もまぁまぁいた。
 その時にこそりと七海さんに今の誰?と聞いてもほとんどの答えは知らない、だった。

 だってずっと秀邦でしょ?と思ったんだけど、本当に目立つ人と必要な人しか覚えていないらしい。
 六平さんや会長とかは分かる。それなのに自分はまだ秀邦に入ったばっかりだったのにちゃんと七海さんに覚えられていたってだけで舞い上がったのだった。
 ちゃんと名前まで!
 名前を返してくれるのまでは期待していなくて、自分が泉、と呼びたかっただけなのに、蓮、と返してくれた。
 それだけでこんなに幸せな感じになれるんだから、ホント会長のいう通りに恋するバカ男だ。

 「七海さん…泉さん…泉…」
 今頃七海さんも蓮の名前を反芻してくれていたらいいのに。
 今日は昼休みに六平さんのおかげで気持ちの確認も出来て、キスまでして携帯の番号も交換して、そして名前。
 いい日だったと自分のシングルの狭いベッドで悶える。
 そういえば今度七海さんに泊まりに来て、と言ってたんだったけど、どこに?部屋なんか狭いし、布団を敷くスペースなんてない。

 一緒のベッドに…なんて!
 一人でまた悶えてしまう。
 ……でもしばらく部屋に呼ぶなんて出来ないな。
 とりあえずはインターハイだ。
 そう!インターハイが先決だ!そこでちゃんと結果を残して、七海さんにまた書く意欲が湧くようなジャンプを見せたい。
 


 夏休みに入っても蓮は毎日練習だった。勿論インターハイの為に。
 高校に入ってから記録が一気に伸びた。
 きちんとした高跳びのコーチがいたからだ。
 中学校まではいってはなんだが適当といっていい位だった。それでもある程度記録が出て特待を取れるくらいだったのだが、さすが秀邦、高跳びのコーチなんて普通学校にはいない。
 おかげで記録が躍進的に伸びた。

 元々身長が高かったのも幸いだし、バネもよかったらしい。
 コーチにも熱心に教えてもらって、そしてあの自分でも空を飛んでいけそうな跳びになったんだ。
 でもそんな跳びは滅多に出ないけど。…多分七海さんはその時のジャンプを見たんだと思う。
 大会でも七海さんに見て欲しい。

 記録は伸びてもなかなかあの空まで飛べそうなジャンプはいつも出るわけじゃない。
 きっと助走のスピード、入り、踏み込み、身体のそり、全部がぴたりと一致したときだけ味わえるものなのだと思う。
 七海さんに見せたいだけじゃない。勿論自分もあの瞬間を味わいたいんだ。

 あの怪我での1週間が蓮に跳びたいという意識を持たせた。やっぱりバーを越える瞬間が好きなのだと。
 それが分かっただけでもあの1週間も無駄ではなかったのだ。
 コーチもそれが分かったのだろう。やきもきしたが…と苦笑された。
 でも蓮の今までとは違った熱心さ、真剣さが目に見えたようでコーチにもさらに熱が入る。
 今までの自己ベストは2m10。これでも入賞圏内は確実なはず。
 でもそれで満足しちゃいけないんだ。
 もっと上に。もっと高く。
 蓮は空にむかって手を差し伸べた。
 


 「行ってきますね」
 インターハイに出発の朝。
 早めに家を出て七海さんの家に寄った。
 七海さんの部屋に入れてもらって『飛翔』を目にした。
 これ以上のジャンプを…。
 そう自分に言い聞かせる。
 そして七海さんを抱きしめた。

 「頑張って。あと八月朔日が出る日には必ず行く」
 「はい。それまでも電話か、電話が出来ない時はメールしますね。他の選手と旅館同室なので」
 「ああ…」
 七海さんが蓮の首に腕を回した。
 そして七海さんの部屋の『飛翔』の前でキス。
 何度も何度も確かめるように、そして長く。
 「八月朔日…頑張って」
 「はい…」
 七海さんの為に…なんて表立って口にする事なんて照れくさくて出来ないけど。
 心の中では付け加える。

 「じゃ行ってきます!」
 「行ってらっしゃい」
 七海さんにそんな風に送り出してもらって出発なんて幸先がよすぎる!
 よし!とますます気合が入るもんでしょう!
 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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