46 蓮(REN) 走り高跳びは午前が予選、本選が午後。
選手控え室にいた蓮の携帯が震えた。
相手は七海さんで会場に着いたとメールが入ってきたのに急いで電話をかけた。
「七海さん?着きましたか?正面の入り口から入って来てください。俺も今そっち行きます」
時間に余裕は全然あるので、コーチにちょっと走ってきます、と言って控え室を出た。
蓮の心臓は大会の緊張に高まっている。
でもそれは程よい緊張だ。
高校生になって初めてのインターハイだ。緊張しないわけがない。
選手や観客で溢れる正面入り口に異様に目立つ集団を見つけて蓮は苦笑した。
広い会場でもこれではなんなくどこにいても見つけられそうだ。
会長に副会長、六平さんに柏木、三浦くん、五十嵐と全員いて、この目立つ集団に女の子達が遠巻きに悲鳴を上げてるコもいた。
「八月朔日」
会長が蓮を見つけて手を上げた。
「皆さんで!?あの~…すっげ目立つんですけど…」
なんかちょっと恥ずかしい。
見られているはずの人達は三浦くん以外は平然としたもので、三浦くんだけが会長の後ろで挙動不審になっている。
「そうか?」
会長はまぁ、元々常にどこでも見られる立場だから気にならないのだろうけど。
やっぱり秀邦…一般人とはどこか神経も違うらしい。
「予選は10時半からです。本選が午後3時過ぎるのでずっといなくていいですよ?あと終わったら住所は教えてもらっているので俺向かいますんで」
「いや、ちゃんと見る。本選のほうが大事だろう?気にするな。他の競技でも見ている」
「…そうですか…?すみません」
「なんといっても我が校初の上位入賞者になるかもしれないしな」
「え?そう…ですか?」
「ああ。インターハイ入賞はあったが表彰台まではなかった」
「……頑張ります」
会長に発破をかけられれば余計なプレッシャーになってきそうだと苦笑してしまう。
「じゃあ先にスタンドに行ってる。七海、高跳びの近くの辺りにいるから」
「分かりました」
そう言って会長が行くのに、他の人にも頑張って、と声をかけられて面映くなってしまう。
今までわざわざ全国区の大会に応援なんて来てもらったことがなかったが、嬉しいもんだ。
「八月朔日…」
一人残った七海さんが小さく蓮を呼んだ。
蓮はその七海さんの腕をとって無言でロッカールームの方に連れて行く。
そこは選手だけになるから正面入り口よりもずっと人影は減る。
その中でももう競技が始まっているのだろう、人がほとんどいないロッカールームの廊下の影で七海さんと顔を合わせた。
「…七海さん…わざわざありがとうございます」
「…当然だろ」
そっと七海さんを抱きしめた。
廊下の遠くからざわついた声や競技場からの歓声も聞こえてくる。
そんな喧騒としている中なのに妙に静かに感じた。
「八月朔日…頑張れ」
七海さんが蓮の頬を両手で挟んで小さく囁く。
「はい」
柱の影だけど一応公衆だ。こんなところで、とも思うけれど、何日か会えなかった七海さんの顔を見られてほっとしてしまう。
「八月朔日…」
七海さんがちょっと背伸びをして軽くキスした。
「七海さんっ」
「……キス、して、って言ってた…」
「い、い、言いました!」
かっと七海さんの顔が真っ赤になっているのが可愛い。
「七海さんっ!……可愛い!」
「………そんな事言うのはお前だけだ。六平になんかいつも…」
照れているのが言葉をつらつらと出そうとする七海さんの口を塞いだ。
「…んっ…」
蓮の腕は七海さんを抱きしめたまま、蓮の頬を触っていた七海さんの手がそっと下り、蓮のユニフォームの胸のあたりをぎゅっと掴んだ。
「頑張ります。まずは予選。…七海さん予選の後、本選の前にもキスください」
「……ん」
七海さんが仄かに耳まで赤くして小さく頷くのがまた可愛くてぎゅうっと腕に力が入ってしまう。
「で、でも…ま、まずは予選勝ち抜けないと!」
「大丈夫です。予選ではバーを落とす気なんてないですから」
強気発言。でも気持ちは本当だ。
七海さんの身体をそっと離すと、今度は蓮の腕の傷痕を七海さんが撫でた。
「傷…残るな…」
「いいんです。これも俺にとっては大事な証しなので…。七海さん…七海さんにも感じられるようなジャンプがしたい」
「…うん…。空にふわりと浮いてるような、八月朔日の背中に羽が生えたかのようなジャンプが…見たい…」
「…はい」
七海さんがそっと蓮の首に腕を回してきた。
「蓮…頑張れ…」
「七海さんっ」
かっと身体が火照る。
「じゃ!スタンド行ってる!」
ぱたぱたと言うだけ言って七海さんは走って行ってしまった。
泣けてきそうな位に嬉しかった。まだ大会は始まってもいないのに…。
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