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書記クンは猫かぶり 48

48 蓮(REN)

 バーを落とす気がしない、なんて自分で言ったけど、本当に落とす気がしない。
 スタンドからずっと蓮をみている七海さんの視線を感じる。
 これ以上ない位に蓮は落ち着いていた。そしてほどよい緊張。
 2mぎりぎりまでパスした。
 そこでも落とす気は全然なかった。身体が軽い。

 マットから起き上がれば七海さんのほっと安堵した表情。
 大丈夫だ。
 そして宣言通りにバーを落とさず予選を通過した。
 本選進出は12名。
 身体も温まり、蓮の気力もさらに上がってきた。
 このまま維持して本選に…。

 本選を控え、蓮は飲み物と軽いものだけを口にした。
 興奮と気の高揚で腹なんかすいてない。
 さしあたり本選に向かって足りないのは七海さん位かな?
 …と思ってたらその七海さんが控え室にやってきてくれた。

 「八月朔日…」
 ちょうど誰もいなくなってて蓮は無言で七海さんの身体を抱きしめ、七海さんも余計な言葉なんか発しないでただ視線を絡め、そして背伸びして軽くキス。
 頑張っても何も七海さんから言葉はない。
 ただ視線を、顔を合わせて頷いた。
 蓮が七海さんを離した直後にどやどやと他の選手が入ってきて、七海さんはそっと控え室を出て行く。
 蓮は静かに目を閉じて精神を集中させた。
 
 「八月朔日、今日はいけてる!自己新目指せ」
 「はい」
 コーチの言葉にも頷く。自分でも気力が漲ってくるのが分かった。
 蓮はふと空を見上げた。
 真っ青な空だった。

 陽射しは幾分斜めってきているがそれでもぬける様な青い空だった。
 そしてスタンドに並ぶ人達を見た。 
 わざわざ会長達まで見に来てくれた。
 蓮は感謝の思いで小さく頭を下げる。
 予選から本選までの長い時間をずっと自分の為だけに来てくれているんだ。

 そして七海さんを見た。
 胸の前で手を組んで、祈るように合わせた手を口に当ててて蓮を見ていた。
 本選は厳しいかな、とは思う。
 誰もが皆2mを余裕で越えている選手ばかりだ。
 しかも皆2、3年。
 蓮の自己新よりも上の記録を出している選手も何人もいる。
 自己新を更新できればいいところまでいけるとは思うが…。

 いや、出すんだ。
 それに大事な事がこの後待ってるだろう?
 祈るような姿の七海さんを見てふっと蓮は表情を緩ませてしまう。
 はっきり言って絶対にインターハイなんかより七海さんに告白の方緊張するはずだ!
 何度も我慢出来なくて言ってるけど!
 …でもこれが終われば七海さんからちゃんと返事がもらえる!……はず。
 今更ごめんなさい…って事はないよな…?

 思わず不安がよぎるが、いやいや、今は大会の事でしょ、と自分で苦笑してしまう。
 名前を呼ばれてバーを越える者と失敗する者。
 蓮は静かに自分の番を待った。
 挑戦は3回まで。
 でもやはり勝負は1回目だ。
 同じ記録を越えても1回目でクリアと2回目でクリアだったら1回目でクリアの方が順位は上になるのだ。

 「はい」
 名前を呼ばれて蓮の番だ。
 ゆっくりの助走から歩幅をあわせてスピードを上げ抉るように入って踏み切り。 
 そして空の青。
 身体のどこにもバーは触っていない。

 大きな歓声。
 マットに沈んだ後、七海さんを見れば全然喜んだ様子もなくて同じ体勢のままだ。
 そしてバーがまた上がる。
 それも蓮は1本目でクリア。
 次々とバーが上がって脱落していく選手が増えていく。 

 風もなく絶好のコンディション。
 残る選手は3人になった。
 表彰台は決まった。これでちょっとは会長の面目が立ったかな?と蓮は安心する。
 けれど自分の中ではまだ、だ。
 まだあの跳ぶような感覚のジャンプは出ていない。

 バーは2m10を越えていた。
 自己新を過ぎたここから先は自分との戦いだけだ。
 一人目。目を閉じ、集中していた蓮にバーの落ちる音が聞こえた。
 続いて蓮。
 息を軽く吐き出し、肩を上下に揺すってから助走に入る。
 クリア。
 残る一人もクリア。
 失敗した一人は結局3本とも飛べずに脱落。
 人の事じゃない。表彰台でもない。自分の納得出来るジャンプを、だ。

 「はい」
 手を上げて返事。ちらりと七海さんを見ればもう固まっているかのように七海さんはずっと同じ体勢のままだ。
 顔を俯けて思わずくすっと笑い、そして腕の傷痕をなぞった。

 静かに顔を上げ、バーを見据えてゆっくりと助走。スピードに乗って踏み切り。
 ふわりと蓮の身体が浮いた。
 一瞬がいつもよりも長い。
 バーの上を通過しているのが分かる。
 ………空が青くて綺麗だ。

 七海さんにもこの空を見せてやりたい!
 たった何秒だけの世界だ。

 飛べてるかな…?

 そしてマットに転がるといつもと同じ時間の流れになる。
 どっと湧く歓声にはっとして七海さんを見た。
 ずっと固まったままの体勢だった七海さんが顔を手で覆っていた。
 
 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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