49 泉(IZUMI) 「……惜しかったな…」
八月朔日のインターハイが終わった。
表彰台にいる八月朔日は2位の所。
あのジャンプがあと2本後だったらきっと一位は八月朔日だったのに。
でも表彰台に立つ八月朔日の顔に悔しいという所は見えなかった。誇らしげに台に上っていた。
はやく八月朔日の所に行きたい。
「…俺…先に…行ってる」
「ああ。どうぞ。俺達はゆ~~~っくり後から行くから」
にやにやと六平に笑われるけどもうどうでもいい。
泉は走った。
どこにいる?どこにくる?
選手の出入り口を見つけてきょろきょろと八月朔日を探した。
八月朔日は身長が高くて探しやすいはずなのに!
「七海さん!」
八月朔日の声。
「コーチ、ちょっとだけ」
「ああ、あと取材とかあるから少しだけだぞ?」
「はい」
八月朔日が何も言わずに泉の腕を引っ張っていく。
そしてもう選手が帰ったのだろう控え室の使っていない部屋に入った。
「八月朔日!八月朔日…」
ドアが閉まって我慢出来ずに八月朔日の首に抱きついた。
「七海さん」
そして我慢してた涙が溢れてきた。
感動で涙が出るなんて初めて知った。
八月朔日がそっと泉の眼鏡を取って、そして唇を重ねた。
泉がちゃんと分かった事を八月朔日も分かっている。
言葉なんかいらなかった。
何度も何度も確かめるようにキスした。
「……俺行かないと」
「…うん。あと待ってる」
「すんません、汗臭いけど」
泉の濡れた顔を八月朔日がユニフォームで拭ってくれるのに笑ってしまった。
「臭い」
「う!…すみません…でも今ハンカチなんて持ってない」
「……嘘だよ。八月朔日の匂いだ。頑張った証しだ」
すんと八月朔日の首に顔を近づけ鼻を鳴らし、そして首筋にキスする。
「う、わっ!な、な、七海さんっ」
うろたえる八月朔日に満足した。
「ほら、コーチ待ってるんだろ?」
「うん…はい。じゃ、ちょっと待っててくださいね」
「ああ」
八月朔日から眼鏡を受け取りかけると、八月朔日を送り出した。
取材陣に囲まれている姿を見て、今さっきここで自分とキスしてたのに爽やかな笑顔で写真を撮られている八月朔日に思わずくすりと笑ってしまう。
そこに皆がやってきた。
「取材か?」
「そうみたいです」
雑誌や新聞社などのインタビューにも八月朔日はにこやかに答えている。
「すご~い!」
三浦くんと五十嵐くんは目をまん丸にしている。
「秀邦の名前、大きくでますね」
副会長が会長に耳打ちすると会長が頷いていた。
「すみません!お待たせしました!」
取材も終え、着替えも終えてやっと八月朔日も合流だ。
「会長、では私はこれで失礼します。八月朔日、ハメ外しすぎるなよ?」
「大丈夫です」
「……大丈夫が怪我とかするか!まぁ、結果よかったからいいけど」
八月朔日がコーチにごつっと頭を小突かれている。
それから皆でバスで移動。
「八月朔日!すごかった!おめでとう」
「ありがとう。ちょっとも一つ上まで足んなかったけど」
「俺、チョー感動しちゃった!なんであんなの跳べるの!?2m越えって!和臣も通り越して跳んじゃうって事でしょ!?」
小さい二人組が背の高い八月朔日に絡んでいるとなんか微笑ましい。
「…落ち着いたみたいだな」
六平が笑っている。
「まぁ…信じられるかな…」
「そりゃあな~…あんな熱烈視線公の場で向けられりゃな」
「俺は羨ましい~!如なんて全然熱烈じゃないし!人前でも好き好き光線出して欲しいけど。ね?会長?」
「…柏木、お前と一緒にするな」
ふんと会長が鼻を鳴らし、そして柏木は副会長に頬をぎゅうぎゅうに抓られている。
「ゆきひゃん!痛いれす!」
笑いが漏れる。
地元の人しか乗らないようなバスで、会長がバス、という所に違和感があるけど、それもまた楽しい。
会長だって高校生なんだ。
そう…。自分だってまだ高校生だったんだ。
ずっと書をやってきて、いつのまにか父の代わりまでするようになって、泉華先生なんて呼ばれるようになって、大人の付き合いを強いられ…。
会長も一緒か…、とふと納得した。
こんな他愛もない時間はきっと高校生の時にしか味わえないものだ。
友人と好きな人と。
…好きな人…。
はっとして五十嵐くんと三浦くんと笑いながら話している八月朔日を見た。
インターハイが終わったら…と…。
…今日…なのだろうか…?
にわかに泉は落ち着かなくなってくる。
「ん?どうした?」
「え?な、な、何が?」
六平がすぐに泉が慌てているのに気付いた。ホント目敏いやつ。
慌てるとか動揺するとか、八月朔日以外にの事でしたことなどないのに。
「…どうせ八月朔日がらみか」
はっと六平がバカにしたように笑うのに足を踏んづけてやる。
テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学