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月からの甘い誘惑 4

 「あ、の……」 
 連れて来られたのは立派なマンションだった。さすがご立派な銀行マン様だと思う。
 碧とじゃ全然違う。
 ……違うんだけど。

 「……すまん」
 ドアを開けて玄関先で碧は固まったままで久世さんが謝っている。
 ………立派なマンションなのに。部屋だって広いはずなのに。
 「…………ゴミ屋敷一歩手前な感じ…」
 床がかろうじて見える。
 けれど食べかけのものが散乱しているのとはちょっと違っているのにほっとする。
 「なんでこうなるの?」
 一応ゴミはゴミ袋に入っている。ただ、その数が多い。
 それと多分洗濯物があちこちに…。
 洗ったものなのか脱いだものなのかは知らないけれど。
 それに筆記用具とか細かいものも落ちている。
 何で???

 「………久世さん…掃除」
 「はい?」
 「片付けする。久世さん衣類まとめて!洗濯しなおさないとダメでしょ!まとめて洗面所!洗濯機あるよね?」
 「あ…ります」
 「掃除機は!?」
 碧に言われて久世が廊下の収納を指差す。
 「借ります」

 「あの…碧くん?」
 「久世さん、衣類まとめて。買ってきた弁当は後!」
 「…はい」
 途中でコンビニで弁当を碧の分も買ってもらった。それと下着も。
 何しろ着替えも何もないのだ。
 お金もないが。

 自分で出そうとしたら今日はいいから、と久世さんに止められた。とっておきなさい、と。
 確かに給料日まであと1週間もある。それなのに生活に関するものが何一つとして持っていないのだ。
 歯ブラシ一つもない。
 歯ブラシは買ってあるのがあるからと言われ、もう何もかにも久世さんに甘えてしまう。
 だってこれからアパートも探さなきゃないんだ。
 でも借りっぱなしは許せないのでいつかはちゃんと返す。きちんと借りた分の金額を把握しておかないと。

 なんて思いながら久世さんのマンションに着いたらまさかの衝撃だった。
 久世さんが衣類をまとめて洗面所の方だろうへ運び、碧はゴミ袋を集めそれも廊下に出して一箇所に纏める。とはいってもその数が…。
 食べ物が散乱していないのが救いだ。
 そして細かな物を拾い上げて掃除機をかける。
 4階なので下の階の人に響いてしまうし、夜なので音は小さくして、だ。

 なんで自分こんな事してるんだろう?人の家で。今日なんか住んでるとこなくなったのに。
 でもこんなの耐えられない。
 空き箱を見つけてその箱に細かいものを入れながら掃除していけばあっという間に床がすっきりと綺麗になっていく。
 「ふぅ…」
 タオルも借りてテーブルなんかも拭いていけば部屋が見違えるようになった。
 「……リビングは綺麗になったけど…」

 ちろりと久世さんを見ると久世さんが大きな身体を小さくさせていた。
 「つい、毎日疲れて…」
 「………俺、久世さんの親切のおかげで野宿とかじゃなくなったし、文句なんてないですけど」
 リビングから繋がったキッチンも見れば使った痕もない。
 こんな立派なマンションなのに勿体無い!

 「碧くん、こっち」
 呼ばれてついていくと何も置かれていない小さな部屋に案内された。
 どうやら使ってない部屋にまで色々押し込むほどではなかったらしいのにほっとする。
 「とりあえずここは空いてるからここ使っていい。……いい、けどフローリングじゃ寝るのもツライか…客用布団なんかも…誰か泊めるなんて想定してなかったからないな…」
 「いいです!そんな…っ」
 寝る所もないはずだったのに比べれば天国だ!
 「でも…あの……本当に…いい…んですか…?」

 急に図々しくついてきたのが恥かしくなってくる。だって顔は合わせてたけどほとんど話した事もない人なのに。
 おまけに来て早々に掃除なんか始めて…。
 なんだコイツ、と思われないかと今頃やばい!と思ってつい窺う様に隣に立つ久世さんをそっと見た。
 だって放り出されたら碧は行く宛てもないのだ。

 「いいよ。……いいけどホント布団も何もないな…」
 「いえ!ホントに!転がってでも寝られるから!あの…」
 「いやそれじゃ身体が痛くなるだろ。……うーん………ま、いいや、後で考えよう。それより買ってきた弁当を食おう。疲れたし腹へっただろう?」
 それは勿論疲れている。だってあんな事があって…。全財産がなくなって。
 財産といったってろくな物は持ってなかったけど…。残念なのは衣類位か。
 結構給料つぎ込んだ服が全滅だなんて…。
 しゅんと碧が頭を項垂れると宥める様にぽんぽんと久世さんが碧の背中を叩いてくれた。
 
 

テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学

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