久世さんが起きていなくなった後も碧はベッドにとぽりと横になったままでその朝の贅沢な時間を楽しんだ。
人んちで人のベッドだけど…。
おまけに縋って安心して寝てたなんてどんだけ先行き不安だったのか。
いたってノーマルなのだろう久世さんはきっと男を抱くとかそんな事全然考えてないのは碧にも分かった。
でも碧は今みたいに精神的に弱ってる時は女を抱くより抱かれたいかも…と思わずちょっと思ってしまう。
でも久世さんはダメ。
そう自分に言い聞かせた。
額に貼られた半分剥がれた冷却シートを剥がしてのそりと起き上がり、ベッドから降りた。
もっと寝ていたかったけれど人のベッドだし…。
「碧くん、寝てていいよ」
リビングに行くと久世さんがいた。
「え、と…大丈夫…です…」
「ダメ。昨日は八度五分も熱があった。今日は寝ていなさい」
「今はそれほどでも…」
「今日はおとなしくしていた方がいい。ちゃんと治して。こじらせたらかえって大変になるだろう?」
身体は少しまだダルい気はするけれど具合が悪いってほどではなくなっていたし大丈夫だと思うんだけど、そんな事人から言われるのにも慣れてなくて何となく居心地が悪い気がする。
しかもここは久世さんのマンションで久世さんのベッドなのに。
「あの、じゃ…朝飯…用意する」
「あのね。寝ていなさいと言ったのに」
「大丈夫!………じゃ、食べたら……寝てる…」
途中で久世さんにじろりと睨まれて小さく碧が付け加えた。
「本当に…身体はひどくないから…」
はぁ、と久世さんが溜息を吐き出した。
「じゃあ座っていなさい。俺がする」
「いい!ダメ!…だって…そしたら…」
ここにいられなくなる…。
思わず碧は悲痛に顔を歪めた。
「あのね…出て行けなんて言わないから。はい、キミは体温計で熱計っておとなしく座ってなさい。食欲は?普通に食える?お粥とかの方がいいのか?」
「いえ…パンで…普通で…大丈夫…」
久世さんが体温計を出してきて碧に手渡してきたのに小さく答えた。
昨日の買い物で明日の朝用にと食パンは買ってきていたのだ。
それも全部支払いは久世さん。
それなのに作るのも久世さんなんて…。
「やっぱ俺…」
用意する、と立ち上がろうとしたら久世さんにまた睨まれ、小さくなって座り直す。
「具合悪いときにまで無理してしろなんて俺は言ってないでしょ。これ位なら俺だって出来る。一人でするのが面倒でしていなかっただけだ」
…だったら碧はいらないのではないだろうか?
そう思いながらも体温計を脇に挟めて小さくダイニングの椅子に座った。
ピピッと電子音がすると久世さんが何度だ?と聞いてくる。
「7度5分…です」
「ほら、まだ熱がある。無理したらまた上がるだろうが」
う…と碧は小さくなるしかない。
久世さんは自分がすると言った位で本当に出来るらしい。ただ単にしなかっただけらしいのは本当みたいだ。
てきぱきと用意してあっという間に朝食が出来上がり碧の前にスクランブルエッグと焼かれた食パンが置かれる。
「どうぞ?」
向いに久世さんも座って一緒に朝ごはん。
なんかやっぱり変な感じはするけれど碧はいただきます、と小さくなりながらも手をつけた。
食欲は普通で喉の痛みも今はなく、普通に食べられる。
本当に具合が悪い、というほどでもないのだが…。
「…ご馳走様でした」
もそもそと会話もないまま食べ終えると久世さんは無言で碧に向かって寝室を指差した。
「寝ていなさい」
「……でも…」
「無理に連れて行かなきゃないのか?」
そこまで言われておとなしく碧はとぼとぼと久世さんの寝室に向かって行き、小さくなって久世さんのベッドの碧が入っていた場所にもう一度横になった。
ホント自分何してんだろう…。
久世さんの迷惑にしかなってないじゃないか…。
自分が情けなくなってきて目が潤んできた。
久世さんは強面だけど優しいし親切だ。見ず知らずの碧にこんなによくしてくれている。それなのに自分は…。
身体を小さく丸めて布団の中に包まった。
温かいふかふかの寝床。
出て行けなんて言わないから、と言ってくれて、熱があるから寝ていろと言ってくれて…。
全部久世さんの好意でしかないんだ。なんでこんなによくしてくれるんだろう?
緩んだ涙腺から涙が頬を伝っていった。
テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学