暇だし洗濯物を片付けようとしたら止められた。
晩御飯の用意もしようとしたら止められた。
とにかく今日一日はおとなしくしていなさい、と。
本当に親鳥になっちゃったのか?
……それはそれでどうなの?って気もしないでもないけど…。
晩御飯も久世さんが用意してくれて、本当は碧なんかいらないのでは、とつい思ってしまう。
「お、今日も月が綺麗だ」
久世さんが窓から外を眺めて言ったのに碧も広い窓際に寄った。
「そういえば…なんだっけ…ええと…げん、げつ…?」
「ああ。幻の月って書いて幻月だ。…初めて見た」
「…久世さんお月様好きなの?」
「…お月様……」
くっと笑いを噛み殺した久世さんに碧はかっとした。随分と可愛らしい言い方になってしまった。
「つ、月っ!」
「別に言い直さなくても……好き、っていうのとも違うが…。つい目に入ると見てるかな…。どうしても帰りは夜だしね」
「…ふぅん…」
碧だって帰るのは夜だけど空を見上げるなんてしなかった。
「幻月は知ってから見てみたいな、とは思っていたんだ。まさか本当に見られるとは思っていなかったけど。条件が合わないと見られない現象だから」
「へぇ~~~…物知りだね…俺勉強キライだった……」
碧が嫌そうな顔をして言えばまた久世さんが笑い出す。
「でも…ホント…お……月……綺麗」
さっきは噛み殺した笑いを我慢出来なくなったのか久世さんが肩を揺らしてくっくっと笑っている。
「お月様でいいだろう…」
「はい。いいです!」
ヤケになって碧が言えば久世さんはお腹を抱えて笑い出した。
「碧くん…可愛すぎる……お月様…って……」
顔が真っ赤になっているのが分かったけど、もういい。
久世さんのマンションから見るお月様は本当に綺麗だった。こんな風にじっくりと見た事などなかったかもしれない。
久世さんが笑っているのは放っておいてじっと碧は月を見つめた。確かに夜の空に浮かぶ月は幻想的で綺麗だ。
「……綺麗だろ?」
「………うん」
笑いを引っ込めた久世さんに素直に頷く。
「なんか得した気分…」
「それはよかった」
碧が窓際で隣に立つ久世さんを見ると久世さんが優しい目で碧を見ていたのにどきりと大きく心臓がなった。
やばいかも…。
こくりと碧は生唾を飲み込んだ。
元々最初から久世さんは印象がよかったんだ。
それにプラス行くとこなくした碧を置いてくれて、さらによくしてくれて、そしてこんな優しい目されたら…。
自分、いくらバカだってちょっと単純すぎるだろ!
遊びならいいけど、男好きになったって不毛だろうが!
それにほら!久世さんには彼女がちゃんといるらしいし!
そう自分で自分に言い聞かせて凹んでくる。
いや、まだ大丈夫。
「碧くん?どうかした?」
「え?あ、ううんっ!なんでもない、です」
じっと久世さんを凝視してしまっていたのに碧は慌てた。
そう。まだ大丈夫。ただちょっといいな、と思ったのは久世さんが親切で物知りで優しいからだ。
すぐにアパート決めて出ないと。
いつまでも厄介になんてなっていられないから。
「さ、碧くんはもう横になっていなさい。無理してまた熱が上がったら折角の有給が潰れてしまうだろう。明日は不動産だろう?」
「…はい…」
久世さんが車を出して連れて行ってくれると言ってくれたのに甘える。
「……なんか…ホントすみません…」
「いいから、気にしない」
はい、と背中を押されて碧はベッドに入った。
パジャマ代わりのスウェットは別なのを貸してもらった。
脱ぎ散らかしな為か久世さんは衣装持ちらしい。でもサイズがどうしても大きいのでぶかぶかだけど。
ベッドもスウェットも人のものなのに、もう碧の中で落ち着く場所になっていた。
久世さんの雰囲気が柔らかで優しいからだろう。
刺々しいところがないからなんとなく安心する事ができるんだ。
あの火事の時から久世さんはもう特別だったのかも…。だってずっとついていてくれて…人がいてくれた事に安心したんだ。
…というか、やっぱり親鳥なのか?
刷り込みですっかり、あっという間に久世さんは碧の中でもトップの位置に重要な人で君臨している気がする。
…気じゃない。
いや、家もないんだから、今は置いてくれている久世さんトップで重要視したっておかしくはないよな…?
なんか段々訳が分からなくなってきた。
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