あんまり優しくしないで…
碧はそう言った。
小さい声だったけれど確かにそう言ったはず。
どういう意味だろうか…?
優しくしないで、なんて…。
そんな事言われたらかえって気になってしまう。
本当に見た目とギャップがありすぎてどうにも興味が止まらない。
冷蔵庫からビールを取り出して久世は一人で煽りながら見てもいないテレビを見た。
昨日のお月様には度肝を抜かれた。
可愛すぎて抱きしめたくなってしまうほどに。よしよしと頭を撫でてやりたくなってしまった。さすがにそれじゃあんまりだなと思ってしなかったが…。
見た目からどうしても成人男性には見えなくて、頭では分かっているもののどうしても口調も態度もかなり年下用になっているとは思うが碧はそれでも何も言わない。
呆れて諦めているのかもしれないが。
見合い相手の由紀乃さんとの約束を断り、碧に付き合ったがまさか途中で会うとは思ってもみなかった。あちらも気にした風でもなかったので安心したが妙に焦ったのはどうしてか。
結婚なんか考えた事もなくて、誰かと一緒に生活なんてものも大学から始めた一人暮らしで考えられなかった。
そう最初に言ったのに一回だけ会ってみろと言われて、断りきれずに一回だけのつもりで会ったはずがなぜかそのまま何度も会うハメになって…。まさか頭取の娘さんに自分から断るなんて出来るはずもなくずるずると…。
このままいったら結婚させられそうな勢いで頭が痛くなってくる。彼女の幼馴染という男にはかなり睨まれたが、彼女の事が好きなのではないだろうか?由紀乃さんがどう思っているのかは久世には分からないが、今日の態度を見る限りでは多分由紀乃さんは彼の事は幼馴染としか思っていないのだろう。
そしてそれよりも碧がどう思うかと妙に気になってしまった。
碧からお似合いだなんて言われたのに落ち着かなくなったのはなぜだろうか?
ほんの少しだけ面白くないとも思った。
…いくらアイドルのように可愛い顔していても碧は男の子なのに。
顔だけじゃなくて言動も可愛いからまた困るんだ。
お月様と言った時の事を思い出し思わず久世はふっと顔を緩めた。
素直だし、つい心配になって世話焼きしたくなる。どうしても小さい子のイメージがなくならなくて大人だ、と頭で分かっていてもつい大丈夫だろうかと手を差し伸べたくなってしまうんだ。
見た目どおりのチャラい子だったらよかったのに。
全然見た目と違うから…。
昨日まで熱があったくせにソファでいいとか。
ファミレスのステーキでさえ遠慮とか。
きちんとお礼言える所とか。
いいから言う事聞いて大人しくしてなさい…と言いたくなってくる。
自分の持ち物を全部なくして途方に暮れるしかないだろうに必死に気丈にしているのに優しくしてあげたくなるだろう。
それなのに優しくしないで、なんて…。
ぐびりとビールを煽る。
そんな事言われたらますます気になるし優しくしてあげたくなってしまう。
そうしたら碧はどうなるんだろうか?
優しくされて嫌なはずはないはずなのに…。というか碧の言う優しくしているのがどこを指しているのかよく分からないのだが。
昨日まで熱があったのにソファなんて、と思ったからそうしただけで別に優しくしてやっているつもりではなかったのに。男同士だし、別にナニがあるわけでもないのに…。
いや碧位可愛いなら男でもアリなのか?
思わずそんな事を思ってしまう。
あの火事の時も、昨夜も熱が出て不安だったのだろう。夢を見た時も腕の中に入れれば華奢な身体はすっぽりと腕の中に入って縋ってきたのが……。
いや、いくら可愛くたって男だぞ?
ナイだろ。
碧だって男同士でデートとかってナイでしょって言っていた位だ。
そのはずなのに…。
連れ帰ってきた次の日の朝出かける時間が近づいても目を覚まさない碧に声をかけ慌てて着替えをしだした碧の身体を思い出す。
まっ平の胸だ。でも一瞬どきりとした。
男同士なんだから裸だって気にしないはずなのに見ちゃダメだろ、と視線を外したんだ。
あっという間に碧はばばっと着替えたからほんの一瞬だったけど。
…なんか思考が変な方向に向かっている気がする。
「寝よう」
ビールの残りを一気に煽って久世は自分の寝室に向かった。
すでに碧は眠っていた。
ベッドの端の方に小さくなってすうすうと無防備に眠っているのに思わず口元が緩んだ。
やっぱどうしたって可愛いと思ってしまう。
テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学