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月からの甘い誘惑 25

 店の開店前に銀行に行くのが今一番の碧の楽しみかもしれない。
 だって何となく仕事の時に会うのって照れくさい感じがするから。
 両替機に並んで窓口から中を覗き込むように碧が久世さんを探すと久世さんがすぐに気付いてくれる。
 また電話中だ、だけど碧に気付いて碧にちょっと待って、といったジェスチャーをする。
 なんだろう?と碧は両替を終わっても店に帰らず久世さんが出てくるのを待った。

 「ごめん」
 「いいえ。…えと…何?」
 久世さんが電話から解放されると横の出入り口から出てきた。
 うん。スーツ姿がカッコイイ。
 どうしたって碧には似合わない格好なのは分かっているので余計にオトナの男みたいでカッコよく見えてしまう。朝だって見てるけど、仕事場で見れば一段とそう見えてしまう。

 「お昼って碧は何時から?」
 「どうだろ。一時か二時かな。交代だから」
 「じゃあ出られるようになったら俺の携帯に電話して?昼一緒にとろう。そこのレストランのランチ」
 久世さんが言ったのは丁度銀行と碧の店の間に位置するイタリアンレストランだ。
 「え!いいよっ!そんな!」
 「いいから。そうじゃないと碧昼は?」
 …抜きかなぁ、とか思ってたので思わず黙ってしまう。
 まさか食費も入れてもないのに弁当まで作るわけにもいかないし。

 「…ほらね。今までは?」
 「弁当…ちょっと詰めて作ってた」
 「じゃ作ってよかったのに!とにかく今日はそこ。いい?電話入れてね」
 「………本当に…?」
 「勿論。よくなかったら俺から声かけないでしょ」
 「…すみません…」
 「いいよ。じゃあとで」

 久世さんが手を上げて颯爽と中に戻っていく。
 どんだけよくしてくれるつもりなんだろ…?
 借金ばっかり嵩んでいくじゃないか。
 給料日まであとちょっと。
 そうしたら返そう。
 とりあえず食費とかは置いといて、外食とか碧の為だけに払ってもらった分だけでも。

 全然足りないのは分かっているけど、とりあえず、だ。
 久世さんと視線を合わせて碧が小さく手を振ると久世さんがくすと笑って指の先を小さく曲げて挨拶を返してくれたのにもう心が舞い上がってきそうになる。
 いや、ダメでしょ。
 そう思ったって無理だ。
 こんなに久世さんが碧を気にしてくれているって分かるのに、どうしたって気持ちを抑えるのが難しくなってくる。

 銀行を出た後スキップでもしたい気分になってくる。
 だってわざわざお昼の心配までしてくれて…なんて。
 寝泊りさせてもらってるだけでも十分なのに。
 「シーナ?どうしたご機嫌だな?」
 「え~?うん!まぁね~」
 「アパートみつかったのか?」
 「…いやそれはまだです」
 店に戻った碧に店長が話しかけてきて答えるとそこは凹んでしまう。

 「あ、俺昼一時でいいっすか?外出てくるんで」
 「いいけど。…随分余裕だな?」
 「全然!今世話になってる人が…一緒にって」
 「……随分親切だな?」
 「そうなんです…。悪いな、と思うけど…マジで今金ないし、残り少ない分も万が一の為に使えないし」
 「給料日まであと四日だから」
 「…うん、はい…だからいつまでも迷惑だし早く見つけなきゃないんだけど…なかなか…」
 「三月四月とかだときっと物件もいっぱいあるんだろうけどなぁ」
 中途半端な五月終わりだ。

 「人んちだとお前も気を遣うだろうし」
 「…まぁ、そりゃ…ね…」
 ところがさほどでもないんだ、とはまさか言えない。
 碧よりも久世さんの方が絶対気を遣っていると思う。
 碧なんて毎日久世さんのベッドですやすや眠れてる位だ。それを考えると随分と自分は図々しいと思う。
 でも久世さんも嫌そうな顔もしないし、とちょっといい気になってるだろうか…?
 だめだよな~…と思いつつものうのうと世話になってしまって甘えている。

 とにかく給料日で金が入らないとどうにもならない。
 そこまでは本当に申し訳ないけど久世さんに甘えさせてもらうしかない。
 その後はちゃんと自分でも食材も買って…と思っても新しいアパート見つけたら何もかにも揃えなきゃいけないのに頭が痛くなってきそうだ。だって本当に何もないんだから。
 服は店の袋に入れて久世さんの空いている部屋に置かしてもらってるだけ。
 冷蔵庫、電子レンジ、なんかの大きい物から細々したものも何もかも全部…。
 考えただけでも眩暈がしてきそうだ。
 保険入ってたって間に合うんだろうか…?
 はぁ~と碧は大きく溜息を吐き出した。
 

テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学

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