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月からの甘い誘惑 27

 男と寝たのは二回だけ。
 一人は今の会社の社長。
 社長と言っても若いしまだ30歳ちょっと過ぎ位。
 初めてもこの人で、なんでかって言ったら酔っ払っていたから、が正解かも。

 見た目はカッコイイし、男とするのも別にいいかな、位の軽い気持ちだったのかもしれない。
 酔いが醒めたのは突っ込まれてからだった。
 その後就職して、寝たのがそこの社長だったと分かってからはしてない。
 就職してからも社長に声は何度もかけられるのだが全部断っていた。
 会社の社長となんて冗談じゃない。
 そんなのばれたら嫌にきまっているし、社長も本気なわけじゃないんだ。

 …本気だったらいいのか?
 いや、やっぱりダメ。
 考えられない。
 その後のもう一人はろくでもないヤツだった。
 奥さんがいる奴で酔っ払ってて、なんか奥さんと喧嘩しただかなんだかでぐだぐだしてて、碧も酔っ払っていたのでついそんな流れになってホテルに行ってた。

 事後に酔いが醒めれば男はさっさと逃げるようにしていなくなった。
 ……というか酔っ払ってる自分が悪いのか?
 そういえば訳が分からなくなる位に飲んだのはその二回だけだ。
 でもだいたい突っ込まれる頃には酔いが醒めてるので覚えているけど。
 女でもそういえばまともに付き合った事はなかったかも。
 何回か同じ相手と寝た事はあったけど、付き合ったとかではないから…。
 なんか自分ダメダメじゃん…。

 「すみませーん」
 「はいっ」
 お客さんに声をかけられて碧は慌てて接客に頭を切り替えた。
 

 帰り、久世さんが迎えに来てくれまた一緒に帰る。
 朝も帰りも一緒って。
 スーパーに買い物も。
 「あの…金曜日給料日なのでっ!…そこまで…あの…スミマセン」
 「いいよ。外食に比べたら全然」
 スーパーで買い物を終えて車の中で碧は小さくなりながら言うしかない。

 「…罰金だな」
 「……え?…あ……」
 くすくすと久世さんが笑っていた。
 謝ったからか。いつだったか久世さんが言った事があったんだ。
 ……変な人。
 思わず碧が笑ってしまうと久世さんもくすりと笑っていた。

 あ~あ…。
 やっぱ好きだ…。
 こんな人今まで碧の周りにはいなかった。
 いつも自分と同じように軽くて上辺だけの付き合いで、そしてそれでいいと思っていたのに…。
 久世さんといると泣きたくなってくる。
 自分が今までどれだけ適当なヤツで寂しいヤツだったのかと突きつけられるようだ。

 適当でよかったはずなのに、それが恥ずかしい。
 ちゃんと知り合ってまだ数日しか経っていないのに久世さんへの気持ちは加速が付きすぎる気がする。
 一緒にいればいるほど惹かれていくんだ。
 きっと今まで碧の近辺にはいなかった種類の人だから…。
 小さい頃から勉強は好きじゃなかった。当然テストの点数も悪い。高校もぎりぎり公立に引っかかった位で、周りも碧とさほど変わらないチャラい感じのヤツばかりだった。

 きっと久世さんみたいな人は委員長とかやったクチだろう。
 そんな人碧に合うはずない。
 それなのに…。
 「碧?どうかした?着いたけど?」
 「え?あ、…はいっ」
 車はすでに久世さんのマンションの駐車場に停まっていたのに慌てて碧は車から降りた。
 久世さんが買ってきた買い物袋を持ち、車の鍵を閉めると隣に立った碧の頭をぽんぽんとなでて来た。

 子供じゃないんだけど。
 …そう思いながらもそのままにしてしまう。
 正直な心はちょっと触れられるのだって嬉しいと思ってしまうんだ。
 このまま、このままで…。
 これ以上望むなんて無駄な事なんだから。
 おこがましい事なんだから。
 「ご飯の用意!さっさと簡単になっちゃうけど…」
 「…悪いね」
 「悪くないですっ!俺なんか食わせてもらってるのに…。……作ってる間に久世さんお風呂行っちゃってて!」
 分かった、と久世さんは碧の言う通りに風呂場に向かう。

 いいけど、碧が仕切っちゃっていいのかな…?
 そう思いながらも久世さんが風呂を上がってくるまで用意しないと!とぱたぱたと急いで準備する。
 そしてちらっとソファに投げ出されているスーツとワイシャツに思わず笑いが漏れた。
 なんでこんなのに幸せを感じるんだろ?
 自分の家でもない居候なのに。
 完璧といっていい人がちょっとだらしないのは可愛いにしか思えないって…。どうなんだよ、と思ってしまう。
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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