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月からの甘い誘惑 31

 個室だと言っていた通りに高級なホテル上階のフランス料理店のさらに個室に通される。
 個室の方がマナーなんて気にしなくていいし、緊張もしなくていいからいい。いいけど…警戒はしとかないと!

 「……こんなとこ、俺場違い」 
 「そうでもないだろう。見た目だけでいったらどこかのアイドルだ」
 だからなんで誰も彼もアイドルって…。
 全然そんなの碧にとってはありがたくもなんともない。
 「もうちょっとバカっぽくてもいいぞ」
 「…バカっぽいって……。本当に俺バカですけど」
 「シーナはバカじゃない」
 真顔で芹沢さんに否定されてそこはちょっと嬉しくなる。

 こういう所は何気なくスマートなんだよな。
 …とちょっとは見直してしまう。
 社長なんてやってる位なんだからそりゃスマートじゃないと出来ないな。
 一人で考えて一人で納得する。
 運ばれてきたシャンパンを口に運んだ。

 「あ…コレうまいっ!」
 「そうだろう?飲みやすいし、いくらでもどうぞ?ボトルとってあるから」
 「…じゃもちょっともらう」
 シャンパン位なら大丈夫だよな?
 でもすきっ腹だったのかキューッとお腹に効いてる感じはする。
 ギャルソンが注いでくれるのをじっと見た。
 窓には夜景。
 家なしの自分がこんな立派なところで優雅にシャンパンなんてちゃんちゃらおかしいとは思う。
 思わずくっと笑ってしまった。

 「…どうした?」
 「え?だって自分住むとこもないのにこんなとこでシャンパンなんて!」
 「…俺の所にくればいい」
 「なんで?」
 「……何故と聞くのか?」
 「当たり前でしょ。あなたは社長。おれはただの店員」
 「………」

 給仕のギャルソンがいたからか芹沢さんはそれ以上口は開かずに肩を竦めた。
 「芹沢さんは飲まないの?」
 「一応。どうなるか分からないから」
 「?」
 「お前がホテルに一緒に泊まるというなら飲む」
 「……泊まりません。それに送ってくれなくてもいいです。電車で帰りますから」
 いつも久世さんの車だったから久世さんのマンションまで道がうろ覚えだが駅からそんなに離れていないし大丈夫だろう。

 ギャルソンが出て行った途端に芹沢さんがそんな事を言い出す。
 社長と呼ぶなとか、人がいる所では無理難題な事を言い出すんだから、こっちも気を遣ってしまう。
 「泊まらないなら送っていく。責任持ってシャンパン飲んでくれ」
 「え~!?」
 そんなに酒に強い方じゃないし、酒はマズイと碧はひやりとする。
 「万する酒だ」
 「げっ!!!」
 最悪だ…。
 酒に万って……。

 「そんなのっ!いらないのに!」
 酒に万払うなら給料上げてくれ!
 そっちの方が碧にとっては切実だ。
 けれど貧乏根性で値段を聞いてしまったら飲まないわけにはいかない。勿体無さ過ぎる。それにほんと美味しくて飲みやすくてついぺろぺろとグラスを開けてしまう。
 料理もさすがうまい。
 高い材料に高い肉なんだろうなと、こんな高級なフランス料理のコースなんて食べたことのない碧には分からない事だ。
 贅沢だ。


 結果、モチロンぽわぽわんとしてきた。
 「シーナ?酔ったか?顔が赤くなってるぞ?」
 「だいじょうぶ~…ですぅ」
 「部屋で休んでいったら?」
 「いきませ~んっ!」
 気分は上々!でもまだ意識もある。
 ちょっと頭はぽやぽやしてるし、呂律もちょっとな感じはするけど、まだそんな事を考えられる位で大丈夫なはず!

 「送っていく」
 時間をかけた食事でその間に酔いが回ってきていたのは確かだ。
 「いいです!」
 送ってもらう気もなかったので、貰った服はちゃんと手荷物で持ってきているし、ほら大丈夫。
 「シャンパンは?まだもう少しあるぞ?」
 もう少しという事は一人で全部空けるのか?
 そりゃぽわぽわにもなるはずだ。
 高いのだって言ってたし度数もキツイのかもしれない。

 「も、…無理」
 さすがにもうちょっとでも酒を口にしたらマズイかも、と思ってしまう。
 「…そうか?……じゃあ帰る?」
 「帰るっ」
 くすと芹沢さんが笑っているのが分かった。
 じゃあと立ち上がったらぐらりと体が傾いた。
 「シーナ」

 すかさず芹沢さんが支えてくれたのは分かった。
 「帰るっ」
 「はいはい。おいで」
 目までとろりとしてきた。
 やばい!立った途端に全身にぐるぐる酒が回っていってる。
 「シーナっ」
 芹沢さんの声が聞こえた。
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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