半泣きの状態でごしごしと肌が擦れるまで碧は何度も洗った。
過去のバカな自分が招いた事だって分かっている。
そう…。
社長に指摘された通り、好きになったから…、好きな人にされるなら嬉しい事でもそうじゃない人にされたら我慢できない事になってしまっていた。
擦ったって消えるわけない。
分かってる。
けど我慢出来ない。
自分が汚らしいようだ…。
自分が悪いんだ。再々誘われていたにも分かっていたはずなのにほいほいとついていったから。
でも久世さんにデートが入っていなかったら行っていなかったかもしれない。なんのかんのと理由をつけて服だけいただいてただろう。
それが久世さんもいないしいっかと、簡単に思った、それが甘かったんだ。
全部、どこもかしこも自分はバカだ。
「ぅ……っ」
なんでこんなに泣きたくなるんだろう?
そういえば火事は先週の事で1週間で大泣きが三回もなんてあり得ない。
風呂場でどれくらいそうしていたのか自分でも分からなくなっていた。
「碧?」
廊下からのドアが開いて久世さんの窺うような声が脱衣所の方から聞こえた。
「どうかしたのか?」
「な、…なん、でも…ないっ」
ひくっと声が上擦ってしまった。
「……開けるぞ?」
声が上擦っていたからか久世さんの声が怪訝そうなものに変わった。
本当なら男同士なんだから見られたって別にいいはずなんだけど…でも…。
「や……」
小さく碧は声を上げたが風呂場のドアは開けられてしまった。
「………碧」
碧はしゃがんで身体を丸めた。
久世さんがそのまま濡れるのをも厭わずに中に入ってきて碧を立たせた。
そして擦って真っ赤になっているはずの首筋にすぐに気付いたらしく視線がそこを見ていた。
「…もういいから…あがりなさい」
久世さんがおいでとシャワーを止めてバスタオルをかけてくれ肩をつかまれ脱衣所に。
何を甘えて久世さんに面倒ばかりかけているんだろう。
「スミマセン…大丈夫…」
また目が赤くなっているかもしれない。
「……着替えておいで。……着替えもしてやった方いいのか?」
「まさかっ!だ、大丈夫、ですっ」
くすっと笑われたのに救われる。
ポンとバスタオルの上から軽く肩を叩いて久世さんが脱衣所を出ていったのにほっとして、それからのろのろと着替えをする。
パジャマ代わりは相変わらず久世さんから借りたスウェットだ。
いいけど、どうしてもぶかぶかで首周りも緩い。
洗面台の鏡で首筋を確認するとキスマークとその周りが赤くなって見える。
見られたくないな…と思ってもどうしようもなさそうだ。
自分は鏡を見ない限りは見えないけれど…。その場所が擦った所為でひりひりと痛む。
はぁ、と小さく嘆息してから仕方なしにリビングに戻った。
久世さん…何か言うかな…?
少しドキドキしてしまう。
嬉しいドキドキじゃなくて嫌なドキドキだ。
できればスルーして欲しいんだけど…。
「……すみません…」
小さく謝って久世さんの座るソファの端に座った。
キスマークがあるのは久世さんの座っている側ではないので見えないはず。
「……本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫っ!ホント……あの…されたの…これだけ…だから…」
そう!口にキスだってされてないし!とりあえずは。…多分。
「…社長と言ったな?」
もういいからぁ…と碧は冷や汗が流れそうだ。
「そう…」
「食事は?」
「ホテルの上のフランス料理店で…ご馳走なった…。シャンパン飲んで酔っ払っちゃって…それで…」
なんで言い訳みたいなのしなきゃないんだ?
「そ、そういえばっ!久世さんはどこいたの!?」
「1階の和食。……碧がホテルに来た所も見てた」
「え?…そ、そう…なの…?」
「ああ」
「ええと…あの…ホント大丈夫なんで」
久世さんが碧の方をじっと見ているのが分かったけれど碧は顔を久世さんの方に向けられなかった。
「…仕事に支障はないのか?」
「全然大丈夫!社長…ふざけるのいつもだし…その延長だったの、かも…」
そんな言い訳通じるだろうか?
はぁ、と久世さんが溜息を吐き出した。
「明日も仕事?」
「…うん…あ!俺電車で行くしいいよっ!」
「いや、送っておこう。帰りも迎えに行くから」
なんでそんな事言うんだろ…。
「明日も仕事ならもう寝た方がいい…」
「うん……寝る…。おやすみなさい…。あの今日はご迷惑かけて…すみませんでした…」
「…迷惑だとは思っていない」
いいから、と久世さんが碧の肩を優しくトンと叩いてくれたのにひどく安心した。
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