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月からの甘い誘惑 39

 どうしようかと思いながら碧は昼休みに店の近くの公園のベンチに座りながら携帯と睨めっこしていた。
 表示は社長の携帯。
 電話をかけてこの間の話の…と一声告げれば話は決まってしまうのだろうか?
 なぜ社長がここまで碧を気にするのかは分からないけれど、きっと社長に靡かないからだろうとは思うけれど、でも碧は本当は久世さんの所にいたいと思ってしまうんだ。

 でも嫌われたくないし、あんな触られるのを嫌がる素振りをされるのも嫌だ。
 きっと碧が出て行ったら久世さんはほっとするに違いない。
 碧は携帯をコールした。
 『……決めたのか?』
 挨拶も前置きも何もなく芹沢さんは本題そのものを口にした。
 「決めてない!……けど…本当に?行ったら芹沢さんの部屋だった、なんて事ない?」
 『ないな。私は他人とは住めない。部屋を一度見せてやる』
 「…でも本当に…?何故?」
 『何故…。……ゲーム感覚だろうか?お前を落とせるかどうか』

 くすくすと電話口で社長が笑っている。
 「落ちないけど?」
 『さぁどうだろう?スケジュールを合わせよう。シーナの今度の休みは?』
 「月曜日」
 『では月曜に時間を作ろう。あと連絡する。ああ、その場で即決で決めて住むのもその日からでも構わないぞ?』
 都合よすぎだろう。

 だが社長のゲーム感覚というのは本当なのかもしれない。
 そして万が一碧が落ちたらポイってされそうだ、とも思ってしまう。
 あの時の悪寒を考えれば芹沢さんに落ちる事なんて考えられない事でそんなのは杞憂だけど。。
 アパートの事で芹沢さんの所を頼るのはとりあえず、だ。なにもずっと世話になるつもりはない。
 久世さんに迷惑になるから、この間の借りを考えれば芹沢さんには少し迷惑をかけてもいいだろう。
 
 「はい…じゃあ」
 碧は頷いて電話を切ると大きく溜息を吐き出した。
 …言っちゃった。
 そして久世さんにはなんて言おう…?
 いや、別にそんな難しく考えなくても住むトコ見つかったでいいか…?
 でもどこ?と聞かれたら…?

 そういやマンションの場所も聞いてなかった、と碧は自分のバカさかげんに笑い出す。
 久世さんのとこじゃなかったらどこでもいいか…。
 きっと社長の事だから辺鄙なところなんてハズはないだろう。
 とにかく久世さんに嫌がられるのだけは避けたいんだ。
 ……でも考えてみれば別に碧が誰と寝ようと久世さんには関係ない事。
 ただ碧本人が嫌なだけで、久世さんにしたら気色悪いって話なだけだ。

 その久世さんはお付き合いしている女性がちゃんといるんだから。
 ちゃんとアパートを見つけたなら見つけたんだ、と久世さんに言えるけれどこんな条件じゃどうしても言いづらい気がする。
 それも碧の考えすぎだとは思うけど…。
 きっと久世さんにしたら碧にさっさと出て行ってもらったほうがいいに決まってるんだ。

 でもなんとなく久世さんには言えなくて…。
 何度も言おうと思って口を開きかけるけど言葉をのみ込んでしまう。
 そしてそのまま土曜日になって碧は仕事。久世さんは休み。
 でもデートもないみたいで帰りも迎えに来てくれた。
 明日の日曜日も碧は仕事だ。

 「明日の帰りも迎えに行く」
 「で、でもっ!」
 久世さんが仕事の日なら分かる。でも休みなのにわざわざガソリンをかけてなんて、そんな…。
 やっぱり迷惑だろ…。
 「電車で帰る!」
 「いいから。どうせ暇なんだ」
 どうしてそんな優しい事言うんだろう。
 おまけに帰れば久世さんがご飯の用意までしてくれてたのに碧は身の置き所がなくなってしまうように感じてしまう。

 「…ご飯の用意だって…俺…するのに…」
 「碧は仕事で俺は休みだ。休みのほうがするのが当然だろ?いっつも碧には世話になりっぱなしだしな」
 「そんな!」
 世話になりっぱなしなのは碧のほうなのに!
 それに並んでる料理も手が込んでるものでいつも碧の作るようなただ炒めただけとか、混ぜただけとかそんなのじゃないのに碧はしゅんとしてしまう。

 「味は知らんぞ?レシピ調べてたら美味そうだなと思って」
 「……やっぱ久世さん…なんでもできんじゃん……」
 碧は小さく久世さんに聞こえないように呟いた。
 やる気さえあればなんでも出来るのにただしないだけなんだ。
 「…おいしい!」
 久世さんと向かい合わせに座って頬張ると思わず声があがる。
 その碧の感嘆の声に久世さんが照れくさそうにしているのが可愛かった。

 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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