「久世さん…お休みなのに…すみません」
「いいと言ってる」
久世さんが前方を見ながら運転している横顔をじっと見つめた。
鼻高いよな…とか、彫り深いな…とか、つい見惚れそうになってしまって慌てて碧は窓から外を眺めた。
その間もずっと頭の中はちゃんと言え、と黙っててもいいだろ、が交代交代でくるくる回っている。
何も決められないまま久世さんのマンションに着いてしまってどうしようばかりが碧の頭を渦巻いてしまう。
「碧?どうかしたか?………もしかして…社長が何か言ってきたのか…?」
「え?あ…違い、ますっ」
言ってきたは合ってるけど久世さんの言ってるのとは意味合いは全然違うはず。
「…そうか…」
どことなくほっとした様子の久世さんに碧は申し訳なくなってしまう。
きっと襲われたのを心配してくれているんだ。本当は一回寝た事あるしとか、そんな事情言えるはずもない。
……そんな事いったら本当に引かれるに決まってる。
それにしても碧に触るのも嫌な位なのにそんな心配までしてくれるんだ?
「あっ!…また…っ!いいって言ったのに…」
また久世さんが夕ご飯を用意してくれていた。
「気にするな」
「するよ…」
そしたら俺はいなくていいって事なんだ…。
あ…。もしかして自分で出来るんだから碧はいらないって言ってるのか?
でもそれならどうして迎えなんかに来てくれるんだ?
心配だとか言うし…。
「碧?」
項垂れた碧を久世さんが不思議そうにして見ていたのに碧は慌てて首を振った。
「な、なんでもないよ?あの…じゃ、いただきます…俺なんもしてないのに…送り迎えまでしてもらって図々しいけど…」
「図々しい…?どこが?俺が勝手にしてることだろ」
ちょっとむっとしたような感じで久世さんが言ったので碧はびくりと身体を竦めた。
だって久世さんに出てけって言われたら…。
びくびくとして久世さんを窺う様に見たら久世さんが大きく溜息を吐き出していた。
呆れてる?嫌になった…?
自分でだってこんな卑屈な感じは嫌だと思ってもどうしたって久世さんの顔色を窺いたくなってしまう。
「…いいから食べなさい」
「………はい」
またなんとなく空気が悪くなってしまった。
そうじゃないのに…。本当は嬉しいのに素直に出せない。どうしたって碧には置いてもらっているという負い目が浮かんでしまう。
無言のまま食事を終えると碧が食器を洗うのに立てば、今日は久世さんは静かに碧にさせてくれるらしい。
それにほっとしてしまう。
その間に久世さんはシャワーを浴びに風呂場に行った。
よかった…と思う。
何となくやっぱりもう出て行った方がいいんだ…と碧は洗い物をしながら久世さんの部屋を眺めた。
今日で最後かも…。
丁寧に皿を洗って食器棚に戻していく。シンクも綺麗にして。
別に明日久世さんが行ってからすればいい事だけど…。
なんとなく、だ…。
「碧、シャワーどうぞ」
「……はい」
そそ、と久世さんと入れ違いに風呂場に向かった。
ずっと借りてた久世さんのぶかぶかのスウェット…。
ささっとシャワーを浴びて袖を通せばゆるゆるのぶかぶか。
袖は巻くって、下もぐいと膝までたくし上げる。
それでもずり下がってくるけど、あとはもう寝るだけだからぶかぶかだって気にならない。
「すみません…おかりしましっ…ぉわっ!」
「碧っ!?」
まくってた裾がずるっと下まで落ちてきて足がひっかかりつんのめってしまう。
ソファのすぐ近くで、ソファに座っていた久世さんが顔面から勢いよく床にキスしようとしてたところを受け止めてくれた。
はふぅ~と碧と久世さんの溜息が重なった。
「あぶな、い…」
「スンマセン…足…裾からまって…」
顔を上げたら目の前に久世さんの顔。
近!
…と思ったらまたも久世さんがそそくさと碧をさっさと立たせるようにして手をぱっと離してしまう。
男を抱きしめるなんてない事だからそれは普通だと思うんだけど、どうしてもなんかそそくさ、って感じに思えてしまう。前は…そんな事なかったのに…。
「…久世さん…?」
手を離された碧がそっと手を伸ばして久世さんの腕に触れようとしたらぴっと碧は手を弾かれた。
…弾いたんだ。払いのけるように。
そんなに…碧は汚い…?
碧は顔を俯けると涙がせり上がってきた。
「ごめ…なさい……あの…今日だけ……いさせ、て…ください…」
明日には出て行きますから…。
そう言いたかったけど嗚咽になってしまって言えなかった。
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