「天使くん、連れの人もこっち」
深尾さんが岳斗に声をかけてきた。
「あらら…号泣」
はい、と深尾さんが笑いながらハンカチを貸してくれてそれで涙を拭う。
「すみません…」
「いいけど。おいで。お二人も」
深尾さんが今の演奏に対して会場の歓声が鳴り止まない中そっと岳斗達を連れ出した。
恥かしいな、と思いながら一緒にいた千波さんと遥冬さんを見れば千波さんも目元が赤くなってる。遥冬さんも…?
Linxの演奏よかった?と聞きたかったけど、二人を見れば聞かなくても分かる。
「深尾さん…どこ、に?」
「控え室。千尋が出たら収拾つかなくなるでしょ。あとは裏から撤収」
「……はい」
知らない間に段取りは済まされていたらしい。
「お疲れ~!よかったじゃない!」
深尾さんが声をかけながら控え室のドアを開けた。
「あ!岳斗また号泣!…なんだぁ?全然成長してねぇな!」
尚先輩に笑われた。
「だって!」
こんな事なんて!まさか思ってもなかったんだもん!
岳斗がウルウルした目で千尋先輩を見れば千尋先輩は満足そうな顔で岳斗を見ていた。
「………というか…なんであなたたちバンドやめたの?プロデビューしてもそこそこいけたでしょうに!よく千尋が離したわね…」
深尾さんがLinx組を見てそう言うと尚先輩とタカ先輩が顔を合わせ、肩を竦めると小さく笑いを漏らした。
「千尋が離した?反対だよ。俺らが千尋を離したんだ」
「……そこそこいけるとは思っていたさ。若かったしうぬぼれもあったけどな。………でも、あんたの言う通り俺らはそこそこだ。…………だが、千尋は違う」
「…………千尋の為に?」
深尾さんが目を瞠って尚先輩とタカ先輩を凝視していた。
「千尋はなぁ~……」
「裏切らないから。………俺達とやるって決めたら千尋はどこまでも付き合うだろう。たとえ売れなくともうまくいかなくなっても。………でも、それじゃあ…な……」
「現に今の千尋を見れば分かるだろう?俺達とやってたらこうはなってなかったさ」
尚先輩とタカ先輩が苦笑を漏らす。そして千尋先輩は思い切り顔を顰めた。
「…尚…?…孝明………?」
「俺達に感謝するんだな」
千尋先輩の頭をごつっと尚先輩とタカ先輩が叩いている。
……嘘……!
……そんな、理由だったの…?あのLinxの解散は…?
喧嘩してたのも、言い合いしてたのも岳斗は何回か見た。進学がどうのって…皆がプロ目指してるんじゃないとか…言ってたのに…?
けど…今言った理由が本当の解散の理由だったなんて…。
………千尋先輩の為…だなんて…!
もう、それを聞いただけでもまた泣けてきてしまう。
「千尋、岳斗泣きすぎ~!」
「……いつもだろ」
千尋先輩がふっと笑った。
「岳斗?俺のギターどうだったよ?」
「よかったよ」
「ほえ?」
尚先輩がきょとんとした。
「今までで一番よかった!タカ先輩も!すごく…よかった…」
「どうも」
「うわ!はじめて岳斗に誉められた!遥冬さん!どうだった?俺よかった?」
「……かっこよかった」
「わお!どうしよう!………………………絶対雪降るぞ?」
喜んでいた顔を急に顰めたと思ったら尚先輩がそんな事言って思わず皆が声を出して笑ってしまう。
「撤収よ。千尋、ファンに掴まらないようにね。じゃあ天使クンまたね!素敵な千尋のお友達も。千尋を離してくれてありがとう。機会があればまたゆっくり!」
深尾さんはそう言ってさっと工藤さんの腕を引っ張って帰っていった。
「じゃあ、俺達も帰るよ。ミュー一人だしな」
「…うん。千尋、よかったよ。今度はコンサート行く」
「…………どうも」
千尋先輩が千波さんにどう言っていいのか分からない感じで額をかいているのが可愛い。兄弟なのに、千波さんも千尋先輩と二人は嫌だ、とか言うんだから。…でもお互い嫌っているんじゃないのはよく分かる。
「じゃ、尚もまたな」
「おう」
三人でまた拳を合わせている。
…まるでLinxの解散の時みたいだ。
演奏がどうだったとか、楽しかったとか、そんな言葉も3人にはなくて、でも何も言わなくても分かり合えてるんだ…。
岳斗には入っていけない空間。
でもそれでいい。こうしてこの場に立ち合わせてもらえるんだから。
「尚、ホテルの名前は分かるな?」
「大丈夫。タクシーでも捕まえるよ。でもマジでホテル代いいのか?」
「ああ。これで借りてた分はなしだ。貸しは残したままにしておく」
「ああん?卑怯だぞ?」
「卑怯なものか」
「ちえ……高くつくよな…遥冬さんにも苛められるし…」
「ああ……」
遥冬さんがくすと冷たい笑みを浮べた。
そういえば遥冬さんから時々ものすごく冷たい風が吹いてくることがあったな、と岳斗も思い出す。
「今日はありがとう。とてもいい時間をもらえた。ホテル代も…すみません」
「どういたしまして。ああ、ホテル代は別に、尚に貸しなんで」
遥冬さんが千尋先輩と握手してたのを岳斗はつい窺う様に見てしまう。
「岳斗くん…久しぶりに会えて嬉しかったよ…」
「うん…俺も」
遥冬さんが綺麗に微笑んだ。そして岳斗の心配などよそに、遥冬さんは尚先輩の腕を引っ張った。
「じゃ、尚。行こう」
「ああ。じゃな!千尋」
「ああ」
3年ぶり位で会ったというのにいたってあっさりと尚先輩も行ってしまう。
……夢の時間が終わっちゃった……。
「じゃ、俺らも帰ろうか?」
千尋先輩が岳斗の頭をぽんと優しく叩いた。
「……うん…千尋先輩…」
誰もいなくなった控え室で岳斗はぎゅっと千尋先輩に抱きついた。
「千尋先輩…ありがとう…」
「どういたしまして」
くすと千尋先輩が岳斗の頭の上で笑ったのが分かった。
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