「碧…休み、土日ってとれないのか?」
昨日はベッドに入っても何もなくて、でもずっと端に寄ってた碧の身体はベッドに中央に行くようになっていた。
久世さんが引っ張ってくれたからだけど。
「え?とれなくはないけど。月1、2回位なら」
「取れるとこあったらとって?買い物にいこうか?衣類入れるのとか買った方いいだろう?」
「え…?いや…でも…」
朝の会社に送ってもらう車の中で久世さんに言われた言葉に碧は逡巡してしまう。
使っていいと言われた部屋で未だ碧の服は袋の中だ。
「リサイクルとかに行けば安いのが売ってるだろう」
あそこの部屋に碧用のを置くの…?
いいのかな…?
だっていずれ出て行かなきゃないのに…。
いて欲しいとは言われたけど、どう考えたってずっとではないだろう。
今はいいけど、…でも、だって久世さんはお見合いして由紀乃さんがいるんだから…。
そんな相手がいるのに…碧の物を増やしても…。
「い、いいよ…」
碧は小さく首を横にふった。
「金足りない?なら…」
「ダメ!」
俺が、って言いそうな久世さんを止める。
「買ってくれるのはナシ!俺やだかんね!」
むぅっと久世さんが黙る。
「それでなくても食費とかだって全然出してないのに!」
「……貰ったけど?」
「微々たるもんでしょ!それにあれは先に出してもらってた分だもん!居候代なんて全然入ってない!光熱費だって全部おんぶに抱っこだもん!」
「別に…」
「ヤダ!ちゃんと…全然ちゃんとになってないけど…払う!」
碧が口を尖らせると久世さんがくっくっと笑い出す。
「……ホントしっかりしてるよな…」
「一応社会人ですから!…と言っても今は全然だけど……多分もう少しで保険入ると思うから待ってね」
「それはいい。取っておきなさい」
「でもっ!」
久世さんが頭を振った。
「じゃあ月に今まで碧が払っていた家賃分でいい」
「そんなの!安すぎだよ!」
「いいよ、光熱費、食費コミで。それでも随分俺も助かるし。それに食費が外食でなくなった分浮くから。碧だってただいるわけじゃないのに…」
「そんなの!別に…」
「いいから。じゃ、とりあえずそれでいい?もしそれで大変なら…」
「全然大変なんかじゃないよっ」
だって久世さんとこいればなんでも揃ってるし。わざわざ碧が新たに買うようなのは身の回りの物くらいだ。
「じゃ一応それで。いい?」
「………うん…」
久世さんは碧が居やすいようにしてくれている。分かる。
「………寝る場所は今のままでも?」
くすと笑いながら久世さんが聞いて来たのにかぁっと耳まで熱くなってくる。
「久世さんが嫌じゃないならっ!」
「全然」
くっくっと笑われているのがいたたまれない。これじゃ碧が好き好き言ってるようなもんじゃないのか?
…でも久世さんも嫌じゃない…って事だよな。
いいのかな…?
由紀乃さんは…?
そう聞きたいけど、聞けない…。
結婚する気ないみたいな事は言ってたけど…。
「じゃあ後で」
「うん。ありがとうございます!…行ってらっしゃい」
碧の店の前で久世さんが車を止めてくれたのに車を降りて挨拶する。ちょっとしたら碧は銀行に行くから…。だから後で、だ。
ほんのちょっとの事が嬉しくて仕方ない。
「なんだ今日は不動産屋いかないのか?見つかったのか?」
店長に声をかけられて碧は首を振った。
「見つからないけど…今居候してるとこの人が慌てなくていいからって」
へへ…と碧が笑うと店長がそうかと薄く笑っている。
「親切なヤツでよかったな」
「うん…」
ほんとに…。
こんな事ありえないと思う。
だってほんのちょっと前まではただ毎日見るだけの人だったのに、今ではこんなに碧の中ではかえがたい人になっているんだ。
火事の時に拾ってくれて、今ではこんなに好きになって。
ちょっとしたことが嬉しくて、心が温かくなって。
思い出しただけで気持ちがぽやぽやとしてきてしまう。
「………お前火事で住むとこもなくしてるのに幸せそうだねぇ」
店長が碧を見て呆れたように言った。
「そうなんだよねぇ…へへへ~」
こつっと額を拳骨で叩かれる。
「お前がそんなだから放っておけなくなるんだろうな。ま、落ち込んでないならいいけど。何かあればいつでも言えよ?力になれるかどうかは別だが」
「……ありがとうございます」
火事の時は誰も助けてくれる人なんかいないと思っていたけど、そうじゃないのだろうか…?もしかして店長も助けてくれたのだろうか?
自分は誰もそんな人いないと思っていたけど、自分で壁を作っていただけなのだろうか?
碧はまたちょっと嬉しい気持ちが増えたと仄かに笑みが浮かんだ。
テーマ : 自作BL小説
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