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月からの甘い誘惑 55

 「あ、シーナ!社長が電話くれって」
 店に戻ると店長に声をかけられた。
 携帯じゃなく店に連絡ってことは仕事の事でかな…?
 プライヴェートも仕事もごちゃごちゃでかけてくるからどうにも読めないけど。

 「なんだろ…」
 「多分新ブランドの事かなぁ」
 「へ?なにそれ?」
 「今度カジュアルだけじゃなくてフォーマルにもって話あるらしいぞ?すでにもう動いてるってのも聞くけど」
 ああ?もしかしてこの間のホテルでの事でか?…早いな…と碧は思わず感心してしまう。
 ホント恐ろしく仕事が早い。
 本社に電話をかけて社長に繋いでもらう。

 「お疲れ様です椎名です」
 『ああ、お前土曜日俺に付き合え』
 「いやです」
 即決で断るに決まっているだろう。
 『…………仕事だ』
 なんだ。

 「それなら。……って何のですか?」
 『この間お前がフォーマルの話をしていただろう?あれで動いているところだ。今度の土曜に会社の社長襲名パーティーに呼ばれていてそこに出席するんだが、それにお前もマネキンで同席するように。今急いで試作を作らせているがそれを着てお前立ってろ。そこでの反応が見たい』
 「…………俺、ですか…?」
 『ああ。お前が適任だ。何しろ目立たなきゃ意味ない。その点お前はアイドル顔だしな。特別手当も出してやる』
 「分かりました」
 碧は即決で了承すると芹沢さんが電話口で笑っていた。
 だって、そりゃ、服着て立ってて金になるなら受けるでしょう。

 『じゃあ土曜に店に迎えに行く』
 「分かりました」
 特別手当によっしゃ!と思わず心でガッツポーズだ。
 それを店長に言えば顔いいと特だなぁと笑っていた。

 「パーティなんて…あとどんなだったか聞かせろな?」
 「勿論!いいけど…俺でいいのかなぁ…?」
 「マネキンだろ。黙って立っとけばあとは社長が応対するだろう。専務とかも同行するだろうし」
 「そっか!」
 「そうそう。お前は澄まして立っとけ。誰もお前に教養は求めてないから大丈夫だ。見た目だけだ」
 「………ひどくね?」
 はははと店長に笑われる。まぁ、その通りだからいいけど。
 そういや久世さんもパーティって言ってたけど…まさか一緒とか…?
 …まさかね…?
 

 「三田ファイナンスの社長会長襲名パーティだが?どうかしたか?」
 仕事を終えた帰りに久世さんの車に乗り込んで聞いてみると答えがそれだった。
 詳細は聞いていないけど、芹沢さんも社長襲名って言っていたのを思い出した。
 「もしかして一緒かも…」
 「ああ?何が?」
 「ええと、今日社長からマネキンで同行しろって言われて……」
 社長から…と言った碧に久世さんが嫌そうに顔を顰めた。
 「………行くのか…?」
 「そりゃ…仕事だって言われれば…行く、よ……」

 久世さんの声が低くなったので思わず碧は身体を竦めた。
 「…一緒か?」
 「どこの、っては聞いてない…けど…多分…?そんなにあちこちで社長襲名パーティってのがあるもんなのか俺知らないから…」
 「………そんなには重なってる事はないとは思う」
 久世さんの顔がむっと面白くなさそうになったのに碧は黙った。
 「………それなら帰りは一緒でいいのか?」

 「え…?う、うんっ!…あ、の…一緒のとこだったら…いい…?」
 「ああ」
 やった…と碧がへへっと笑顔を浮べると久世さんの表情が和らいだのに安心する。
 そういえば今日由紀乃さんと会ったんだけど…、言わなくてもいい、かな…。
 言いたくないなと碧は黙っておくことにする。
 だって別に何を話したわけでもないし、ただちょっと顔を合わせただけだ。

 「行く時は?土曜も碧は店はあるんだろう?」
 「え?あ、うん。社長が迎えに来てくれるって言ってた…多分着替えもしなきゃないだろうし…今度フォーマルブランド創るらしくて俺はその為のマネキンらしいから…」
 「ああ…碧は人を惹きつけるだろうからな」
 「…え?」
 「ん?そういう事だろう?」
 「え、と…あ…た、ぶん……でも…俺のはただ見た目が派手なだけ…だよ…?」
 「ただ派手というのとは違うさ」
 「そ、…そう?」
 そんな事面と向かってまじめに言われた事なんてなくて、なんかドキドキしてきてほっぺたが熱くなってくる。
 久世さんはやっぱり他の人と違う事を言うみたいだ…。
 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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