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月からの甘い誘惑 56

 「シーナ、これに着替えて」
 土曜日。
 ばたばたと社長と専務がやってきて服を押し付けられ、時間がないから早く!と急かされたのに碧も慌てて着替え、タイを結ばないまま、まるで拉致されるように車に押し込められた。
 専務の運転で芹沢さんと後部座席に座る。

 「シーナ、タイ結ぶからこっち向け」
 タイを結ばれ、髪を少し弄られる。
 「………なんか派手…」
 色はグレーなのに光沢がある生地で派手目に見えてしまうのはどうしてだろう…?
 「いや、いい。今日出来たばっかりだが…」
 満足そうに碧が着ているのを芹沢さんがつくづく眺める。
 その目はビジネスの目だったので碧も何とも思う事はない。

 「社長、いいと思います。うまく芸能関係者の目に止まれば」
 専務もバックミラーで碧を確認しながらそう言ってきたのに碧も満更ではなくなる。
 「ああ…。いいかも…な」
 とりあえず碧はあくまで人形なので黙っておく事にする。
 久世さんはもう行ってるのかな…?

 気が向くのはそっちの方ばかりだ。
 ずっと久世さんとは普通のまま。何も変わったところなんて一つもない。
 ああ、ベッドが端っこじゃなくなった事位だけ。
 もう1週間経つけど、翌日以降はキスもハグも何もなかった。
 期待しすぎだって分かっているけど…。
 だってどうしたって期待してしまいたくなるんだ。
 それは仕方ないだろ!と開き直ってしまう。

 「シーナ!」
 「あ!はいっ!」
 「全然聞いていないな!?」
 「すみませんっ!」
 芹沢さんに耳元で大きな声をたてられてひゃ!っと肩を竦めた。
 「人形になってろ」
 「ハイ」

 勿論はなからそのつもりだ。
 「黙ってれば新人のアイドルに見えるだろうからな」
 喋ったらダメって事ですね…はい。
 まぁ別に碧は自分では容姿なんてどうでもいいのだが。
 できれば本当は久世さんみたいな大人で落ち着いてカッコイイのがよかったぁと思う位で自分で自分がいいとはとても思えない。それでも約に立つならいいし、久世さんに可愛いって言われるのは嬉しいから矛盾してるとは思うけど…。


 会場はかなり広く、人が入り乱れていた。
 あちこちで名刺交換がなされ、談笑が交わされている。
 ちらほらと若い人の姿もあるけれどどちらかと言えば壮年以上の人が多いのに碧がいても役立つのかな…とか思ってしまう。
 社長達の考えや付き合いがどんなものか分からない碧には考えても仕方のないことなのでとにかく与えられたミッションを遂行するだけだ。
 その中で唯一の楽しみは久世さんだ。久世さんいるのかな…と碧は何気なくを装って会場を見渡した。
 久世さんは背も高いし目立つはずだけど…と思いながら背の高い人を探していく。
 それでもあまりの人の多さに見つけるの無理かな…と思っていたら見つけてしまった。
 いた!

 あ!っと碧がぱっと顔が思わず晴れやかになると離れた所で久世さんも碧の方を見ていた。
 見つけてくれたのかな…?
 久世さんも頭取と一緒と言ってたし、一緒に連れ立っている人がいた。
 碧もそうだけど、なんとなく思わぬところで会ったような変な感覚になってしまう。

 「シーナ、しばらくは大人しくただ立っていろ。挨拶だなんだと式が終わってしばらくしたら飲み物とかも貰っていいから」
 「はぁい」
 「私はあちこち忙しいと思うかが、なるべく私か専務の傍にいるように。宣伝係のお前がいないと話が始まらない」
 「了解っす」
 注意を受け碧は頷いた。
 社長の話に頷きながらもちらちらと碧は久世さんの方が気になってしまう。

 「シーナ?どうした?誰か知り合いでも?」
 「え?あ、…うん…ちょっと。でも別にいいです」
 「ふん」
 芹沢さんに鼻をならされた。
 「仕事だ」
 「分かってます」
 碧は店に出る時のように澄ました顔を作った。
 「……それでいい」

 社長に言われて碧は澄ましてマネキンのごとく立っている事にする。
 ただたまに視線と意識は久世さんの方に向かっちゃうけど。
 別に本当に人形なわけじゃないのでそれ位はいいだろう。
 そのちらちら碧が見ていた視線の先を芹沢さんが気にしていたなんて全然碧は気付いていなかった。
 ただ碧はこんな非日常の場所でさえ久世さんの姿を拝めて、そして帰りは一緒に帰れるんだと暢気にただ嬉しいなと思っていただけだった。
 縁があるのかな、とか、こんなに何百人といそうな中でも見つけられたのにやっぱり久世さんは特別なんだとか、そんな事ばかり思って碧は一人で満足していた。
  

テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学

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