「あ、ごめんなさい…こんな事!……お仕事中なのに!」
慌てたように由紀乃さんが言った。
「…いえ…店内にお客さんもいないし、今日は暇なので…いいですけど…」
仕方なく碧が答えればほっとしたように由紀乃さんが安堵の表情を浮べた。
「…自分が分からなくて…」
分からない?由紀乃さんは久世さんを好きだったんじゃ?
思わず碧は計るように由紀乃さんを見た。
「あの…私の事…優眞さんから聞いてらっしゃる?」
「……お見合いのお相手…と」
「ええ……昨日…断ってください、と言われましたけど…」
それも知ってる…。
「好いた方がいらっしゃると…」
それも…知ってる。一応…それが自分だ、という自信はないけど…。
通りを歩く人は碧と由紀乃さんを気にする風もなく足早に通り過ぎていく。
今にも雨が降りそうな位の暗い重い雲。碧の気分も同じような感じだった。
「……私…それを言われた時は自分は優眞さんを好いてると思ってたのですけど」
…けど…?
碧は首を捻った。
「あの…見知らないあなたに聞くのも間違っている、と分かってるんですけど…」
しどろもどろになる由紀乃さんを怪訝に見る。
「人を好きになるってどういう感じ…?こんな事聞くお友達も私いなくて…」
見るからにお嬢様できっと温室育ちなのだろう。
遊んでばかりいた碧とは生まれから人種が違いそうだ。
「ほんわりしただけでは好きではないの?」
「……違うと思います。……ほんわりも勿論あるけど…。苦しい…よ」
碧だって久世さんに会うまで知らなかった事だ。
「…そう、言われた…」
ぽつりと由紀乃さんが呟いた。
「あの、ほら、この間私が一緒にいた…」
「ああ、…幼馴染の、といった?」
「そう!」
ぱっと由紀乃さんが頬を赤らめたのにん?と碧はこの間と雰囲気が違うと察した。
もしかしてあの人由紀乃さんにちゃんと告白したのかな…?
それならいいのに!そして、由紀乃さんもあの人を好きになればいいのに!
そうしたら碧のこの後ろめたい気持ちはなくなるだろうか?
少しは軽くなるだろうか?
思わず自分の都合のいいように考えて碧は自嘲を浮べる。
「あ、お仕事の邪魔をしてごめんなさい…。もう行くわ」
「いえ…」
碧は小さく頭を下げて店に戻る。
ほんの少し心が軽くなった。
もしかしたら由紀乃さんはただ久世さんに憧れ的な好きだったのかもしれない、なんて自分に都合のいいように考えてしまう。
「シーナぁ…」
ふふふと店長が顔をニヤつかせて呼んできたのに顔を上げた。
「告白か?」
「は?え?…ああ、違いますけど?」
「なんだ。深刻そうだからそうかなと思ったのに」
「俺なんかに見るからに合うはずないでしょ」
「確かに。見ただけでも清純お嬢様だな」
「でしょ。ちょっとした知り合いで相談に乗っただけです」
「…なんだ」
まったく店が暇だと人の事ばっか気にするんだから。
そう、自分にはどう見たって合わない。
でも久世さんにはお似合いに見えたんだ。
碧は自分の耳を触った。
今日はピアスを全部外していた。
髪も派手な金髪に近いのをやめようか…。
そうしたらいくらか見た目はましになるだろうか…?
少しだけでも久世さんの隣にいてもおかしくないように思われたい。
今のまんまじゃちぐはぐだって分かっている。
一緒にスーパーで買い物とかしててもどういう知り合いなんだろう?という目で見られているのも分かっていた。
せめて友達として位見られるならおかしくないのに。
今のままじゃどう見たって友達にも見えないんだ。
「髪も色…戻そっかな~…」
「どうした?心境の変化か?」
「いや、だってさぁ~…俺だって一応大人なんだし」
「見た目は見えねぇけどな」
店長に笑いながら言われればむっとしてしまう。
「え~!シーナさん髪黒にすんのぉ?」
バイトくんも入ってくる。
「シーナさんはチャラくないとぉ!」
チャラくしたくないから戻そうか!って言ってんだよっ!と心の中で吐き出す。
「シーナさん、もうずっと遊びにもいかないし!行きましょうよぉ!シーナさんいると女の子よってくるし」
「行かない!」
久世さんがいるのに行くわけない。毎日温かい寝床が待ってるのになんでわざわざそれを蹴って遊びに行くか。
「うるさい、バイト。仕事しろ」
碧もディスプレイの続きに入る。店長は口を押さえて笑っていた。
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