「住民票変更にいってくる?」
「うん。行ってくる」
「じゃ気をつけて行ってこいよ?」
「大丈夫だってば!」
心配性すぎる、とおかしくなる。
チェストを昨日リサイクル店で安く買った。
でもなんでも揃っている久世さんの部屋に自分の物が増えるのが嬉しい。
まだ届くまで時間がちょっとかかるけど。
住所も変えて。
碧の顔が締まりなくなってしまう。
久世さんはすでにもう会社に出勤するところで、玄関で見送り。
「じゃ行ってくる」
「うん。…いってらっしゃい」
なんか新婚さんみたいで照れくさい。
久世さんがそのまま出て行こうとしたのにつんと久世さんのスーツの袖口を掴んだ。
「ん?」
「ね…ちょっと」
久世さんは背が高いから碧では背伸びしてもキス出来ない。
碧からもしていい、って言ってたからいいよね?
手でおいでおいでとジェスチャーすると久世さんが屈んで顔を碧に近づけた。
その久世さんの頬を掴んで軽く唇を重ねた。
「…いってらっしゃい!」
「…………………いってくる…。………行きたくないけど…」
ちょっと慣れない事に一人で照れると久世さんがお返しにもう一回キスしてくれた。
「はぁ………ホントお前やばい…今日俺は一日顔がにやけそうだ」
じゃ、行ってくると久世さんが出て行ったのに碧も顔がにやけてしまう。
…幸せすぎる!
…と思いながら洗濯して、掃除機かけてと世の主婦並みの動きをはじめた。
布団も干して。
あちこち片付けながら、拭き掃除までして。
今日は働いた!って感じだ。
枕の下からローション出てきたのにはちょっとどきどきしてしまったけど。ついでに思い出してさらにどきどきしちゃったけど。
本当に、店長に言われた通りに火事で全部何もかもなくしたのに、今が一番幸せだ。
神様が見てて碧が無くした分を補ってくれたのかなぁ?
自分でもかわいい事考えてると思ってつい笑ってしまう。
お昼を食べて役所へ。
手続き完了でこれで住所は久世さんとこになったんだ。
気持ちが軽やかに夜ご飯の買い物して帰ろうと思ったら……。
「あ…」
電車を降りて歩いていたらまた由紀乃さんと会ってしまった。
……どうして?
内心思わず回れ右したくなる。
顔を合わせる前だったら知らん振りするのに、しっかりと視線が合ってはまさか無視できなくて仕方なく小さく頭を下げた。
人通りも多い。碧のたまたまの休み。日中の中途半端な時間。
なんでこんなに偶然の要素は薄いはずなのに会ってしまうのか。
碧の店の前で、というなら分かるけど…。
はぁ、と由紀乃さんに気づかれないように溜息を吐き出した。
「こんにちは…偶然…ね」
「……こんにちは」
声をかけられたらまさか無視できない。頭を下げるだけで通り去ってくれればいいのに、わざわざ由紀乃さんは碧に近づいてきて声をかけてきた。
「今日はお仕事はお休み?」
「……そう、です」
相変わらず清楚なお嬢様風だ。
仕事はしていないのだろうか?花嫁修業とか?
……お見合いなんてしたんだからそうかも。
「あの…丁度いいところに…お時間ちょっといいかしら?」
仕事を休みと言った手前、仕方なく頷いた。
久世さんは断ってもらうように言った、と言うけれど、やはり碧の心情からすれば微妙だ。
出来るなら会いたくもないのに。
「公園ありましたよね?」
「…ありますね」
何でこんな事に…。
碧は思わず天を仰ぐ。
ベンチには座った由紀乃さん。
どんよりとした気分になってくるけど、今日は皮肉な事に天気がすこぶるよかった。
「あの……」
「はいっ」
「間違っていたら……申し訳ありませんけれど…優眞さんの好いてる方って…あなた…?」
「え、えええっ!」
碧は思わず声が上擦って顔が引き攣った。
「あ……違う…?」
どう答えればいいの!?
違う!とも言いたくないけど、そう!ともまさか言えない。
どうしようと内心おろおろしてしまう。
「…それなら諦めつくかな…と思ったんだけど…」
諦め?
久世さんを?
じっと由紀乃さんが碧に視線を向けていた。
「苦しいって…言ったわよね…?」
「…言った」
「今も…?」
碧は小さく首を横に振った。
「苦しいだけじゃないから…」
幸せだと思えるから。
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