「譲!お母さん結婚してもいいかな?」
「はい?」
仕事から帰ってきた母親が嬉々として言った言葉に譲は目が点になった。
「付き合っている人がいるって言ってたでしょ?」
「…うん、聞いてたけど…。そりゃ勿論お母さんがいいなら僕が反対することじゃないし」
「うん」
満面の笑みを見せる母親は幸せそうで譲もつられて笑顔を見せた。
だってまだ若いし母親が幸せそうならそれでいいと思う。
父親と離婚してからずっと一人で頑張ってきたんだから。
「相手の方にも息子さんがいるの。譲の一歳上であなたと学校同じらしいんだけど」
「えっ!!誰!?知ってる…かな?」
一つ上なら会長もだ!まさか会長…なんて事はないよな?
どきどきしながらもつい甘い期待してしまう。
「天間さんって言うんだけど」
「…………………知って…る」
思わず譲はこくんと生唾をのみ込んでしまった。
だって!よりにもよって!
嘘でしょ!?って言いたくなるけど幸せそうな母親の前では言えない。
天間って他にもいないかな、と淡い期待をしてしまうがそんなにある苗字じゃないし、どうしたってあの天間って人だろうと譲は冷や汗が流れる。
「今度の日曜日に外で夕食ご一緒して?」
「も、もちろん」
いやだ!とは言えない…。この幸せそうな顔の前では。
譲は作り笑いを浮べてひくついた顔で小さく頷いた。
あの天間って人は譲の事に気付いているのだろうか?
母親から話を聞いた次の日も校門に立ったが、天間という人は譲には目もくれなくて、もしかして親の再婚相手の子供だと気付いていないのかもしれないとも思う。
生徒会になんて間違って入ってしまったけれど、譲は元々どう逆立ちしたって目立つわけでもないし、名前なんかもきっと知らないだろう。
苗字だってどこにでもある高橋だ。
かえって学校で話しかけられたりしたら困るので密かにほっとしてしまった。
それにやっぱり間違いかもしれないし、と思いながらも天間という苗字は滅多にいないだろう、でもどうか別な人でありますようにと祈ってしまう。
「あ、…あの…会長…」
「何?」
会長なら2年だし生徒会長だし、知っているかも、と思い切って隣に立っていた宮下会長に口を開いた。
会長が爽やかな笑顔を見せてくれたのに安心する。
「えと…あの…2年生で天間という苗字の人って…一人…ですか?」
「そうだよ」
あっさりと肯定されてしまってがくりと譲は倒れそうになってしまう。
淡い期待は消えた。
「天間がどうかした?苛められた?」
「い、い、いえっ!なんか…あの…怖そう、だな…って」
「色々噂はあるよね。高橋くんは近づかない方いいね」
「……は、い」
近づきたくないんです。本当は。
でもそんなわけにいかなさそうなんです…と譲は心の中で泣きたくなった。
……やっぱり間違いじゃなかった。
日曜日の夕方、母親にホテルのレストランに連れられていくとそこにはあの天間って人がいた。
母親の相手で、天間って人のお父さんであろう人と一緒に。
「お待たせしてしまったかしら?」
「いいえ、全然」
にこやかな母親とそのお相手の天間って人のお父さん。
お父さんはにこやかですごく優しそうでいい感じだ。
それにカッコイイ。
天間って人もカッコイイはカッコイイんだけど…でも目が鋭いし、怖いが先にくる。
「譲くん?」
「あ、は、はいっ」
声をかけられて慌てて応えた。
「個室を取ってあるから、さ、行こう。世那(せな)とは同じ学校なんだよね?」
「え、と…は、はい」
せな、って天間って人の名前…だよね。
「親父、おしゃべりはいいから」
「はいはい。素っ気無いんだから。譲くんは世那と違って可愛いね」
はい?
「…可愛い…???」
「可愛いよ!ほら恵さんによく似てる!世那もそう思うだろ?」
「ああ?可愛い?何言ってんだ?」
個室に移動するのに譲の隣に立って歩く天間さんの横から低い声が聞こえてひゃっと譲は肩を竦めた。
可愛いとか絶対あり得ないのに!
背丈だけでいったら確かに可愛いサイズかもしれないけれど。そんな事この人に向かって言わないで!と譲はおろおろしてしまう。
「可愛いでしょう~?私に似て~」
母親は動じてないらしい。
空気読んでよ!と思わず心の中で譲は叫んでしまった。
顔をあげる事が出来ないし、顔を見る事も出来なさそう。
早く時間が過ぎる事だけを願ってしまう。
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