「こっちは俺の部屋で、お前はそっち」
階段を上がってすぐの部屋はお兄さんの部屋らしい。その隣の部屋に連れて行かれた。
「…広い」
今まではアパートしか住んだ事がなくて、一応自分の部屋もあったけど小さかった。
それが一軒家で広くて、部屋もフローリングで大きい。
ちょっと憧れるような環境ではある。
おまけにすでにベッドやチェスト、真新しいお洒落な机も置かれていて、思わず譲は首を傾げた。
誰か使っていた部屋だろうか?
「……お前用に親父が勝手に用意した。気に食わないか?」
「え!?いえっ!そ、そんな…」
低い声にどうしてもびくびくしてしまう。
一回顔を見たけれど、まだちゃんと見る事は出来ていない。
「……う、れしい……です…」
自分の為に、わざわざこんな立派な部屋に家具なんて信じられない位だ。
「え…と…」
何て呼べばいいのだろう…?
どうやら今の所は怖いは怖いけれど苛めるとかそういうのはないみたいで少しほっとしてくる。
「…お兄さん…?」
伺う様にちらっと見ながら譲が呼ぶと天間って人が眉をぴくりと動かしたのに怒られるかとまた譲はびくっと身体を震わせた。
「…別に怒んねぇって。……学校での噂は知ってるけど…そこまでびくつくことねぇだろ」
はぁ、とまた溜息を吐かれた。
「お兄さんもやめてくれ。世那でいい」
「……」
ふるふると譲は頭を横に振った。
無理。名前でなんて呼べるはずない。
「いいって言ってる。天間じゃ一緒になんだろ。兄貴なんかじゃねぇし。家ん中で先輩もおかしいだろうが。名前でいい」
お兄さんじゃない…んだ。
ずっと親一人子一人だったからひそかに兄弟にも憧れていたのだけど…。
そっか…。
譲はしゅんとして頭を項垂れた。
たまたま親同士が再婚しただけだから元は他人だし、そうだよな…。
もしかして怖くないのかな、とちょっと思ったのに、全否定されたみたいでちょっと凹んでくる。
お前とは他人だ、と突きつけられているようだ。
さっきの助け舟、と思ったのも、自分が譲なんかと義理でも兄弟になったって思われたくないからか…?
…そうだ、と譲は先ほどの助け舟にも納得する。
「お前は譲、でいいだろ?」
顔を俯けたまま小さく頷く。それ以外呼びようもないだろう。
「俺は名前でいい。分かったか?」
呼べるとは思えないけれどそれにも小さく譲は頷いた。
これからどうなるのだろうか…?
今の所べつに世那は譲の事を苛めるとかは思っていないみたいだけど。
「お前」
「あ、はいっ」
「……………」
びくん、とするとまた溜息を吐かれる。
「…宮下の事…」
「……?会長?」
「ああ。…気をつけろ」
「………え?」
その時階下から二人を呼ぶ声が聞こえて世那がまた譲の腕を引っ張って階段を下りていく。
気をつけろ…?
会長は世那の事を気をつけろ、って言って、世那は会長の事を気をつけろって…。
どっちを信用すればいいの?
それにそんな事言われたって会長とは生徒会で一緒だし、世那とは同じ家に住む様になるんだ。
何をどう気をつければいいの?
譲は頭が混乱しながら腕を引っ張る義理の兄になる人の背中を見た。
月曜日に母達は入籍して、譲も高橋から天間に苗字が変わった。
でも学校ではとりあえずそのままだし、まだ引越しもしてないので何も変わりはない。
引越しは週末。
そこからは天間家で生活が始まるんだ。
どうなるのだろう…?
そう思いながらも校門に立っていると世那が登校してきたのにどきんとした。
周りから敬遠されるようにしているけど、全然気にした風でもなく悠々と歩いている。
いつもと同じように制服を着崩してネクタイも緩めている。
そして登校の時間はギリギリだ。
声かけた方がいいのかかけない方がいいのか、たらたらと汗が流れそうだ。
月曜日からずっとそう思いながらすでに水曜。
そして未だに声はかけられていない。
そして今日もまた世那は譲の事など眼中にないように譲に視線も向けずに目の前を素通りしていく。
…来週から一緒に暮らすのに大丈夫だろうか…?
胃が痛くなってきそうだ。
おまけに母親と新しい父親はお互い再婚なので結婚式こそ大々的に挙げる事はしないけれど、旅行に行くというのだ。
来週の月曜日から。
つまり引越しを終わって落ち着く間もなく二人はいなくなってしまって、しばらく世那と二人っきりになるんだ。
…大丈夫かな…。
譲はかなり不安になってしまう。
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