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熱吐息 introduzione~序奏~

 車をやっと手に入れる事が出来て、瑞希(みずき)は浮かれていた。
 バイト、バイト。
 生活費も学費も全部バイトで賄っていた。
 学校を終え、すぐにコンビニでバイト。その後、深夜はホストクラブでバイト。
 女になんか興味なかったけど、金になるならいくらでもやる。
 だからって物欲しそうに、媚売ってなんて絶対しないけど。
 プライドだけは山のように高い自覚はある。
 冷たくあしらうのが受けたのか、誰にも靡かないのが受けたのか、顔がいいのは分かっていたけど、そこまで愛想よくもしなかったけど、何故か指名が入って儲けさせてもらった。
 でももう就職も決まったしさすがにそろそろ辞める時期だとは思っていた。
 金がいいバイトがなくなるのはかなり痛手だが、先の事を考えればほんの少しの我慢だ。
 車を手に入れたら辞めようと決めていたけど、今日は12月23日。
 年越したら辞めると店には伝えよう。
 店は瑞希の事情も知っていて就職もよかったと言ってくれているし、よくしてもらっていたからすんなりいくはず。

 瑞希はハンドルをよしよしと撫でた。
 欲しかったミニクーパーだ。
 黒白の。
 嘗め回したい位可愛い。
 中古で安いのをたまたま見かけて、頼み込んで取り置きしてもらって、さらに値引きもしてくれた。
 多少自分の事情も織り交ぜれば同情的になってくれて、それはもう瑞希にとって生きていくためには不可欠な事だ。
 可愛い可愛いミニちゃん。
 瑞希の顔に珍しく笑みが零れる。
 今まで生きてきた中でベスト1、2を争う嬉しさだ。
 いい会社に就職が決まった時と今、どっちが嬉しいかな。
 どっちも同じくらいだ。
 施設で育って、身内など誰もいない。
 それでもそんな事を関係なく瑞希を選んでくれた会社。
 施設育ちの瑞希を馬鹿にしていた奴が落ちて、瑞希が受かったのには爽快だった。
 人生で一番運がきてるかも。
 歌でも歌いたい気分だ。
 さ、今日も稼いで少しでも来年の就職までの分の生活費を貯めておかないと。それにスーツだってきっと1着じゃ足りないだろうから買わなければいけない。
 その他にだってきっと色々いる物も出てくるはずだ。
 稼ぐぞ、と瑞希はアクセルを踏んだ。



【 宗視点 】

 二階堂 宗は兄、怜のコンサートの帰りだった。
 初めてちゃんと人前で演奏している所を見た。
 小さい頃、まだ家にいた頃ピアノばかり弾いてた兄だった。
 年が離れてて自分が相手にならなかったのは知っているが…。
 学校で誰とも交わらず、綺麗な顔で一人でいる桐生が夏に兄と一緒にいたのに驚いた。
 そして学校では何にも興味なさそうで話もしない桐生が怜とは普通に話し、そして表情が、口調が一変しているのに驚いた。
 少し気になっていただけだった。
 そう。それだけだ。
 綺麗だと思っていただけだ。
 その桐生が怜に作ったという曲。
 全然音楽に興味も何もなかったが、あれが普通に出来るものではないという事は分かる。
 怜が桐生が互いを選んだ結果…。
 音楽なんて知らなくてもそれを表現しているのが身近な人で宗はそれを聴いてぞくぞくとした。
 あの兄に敵うはずなどない。
 なんとなく敗北感が宗を襲った。
 何に…?
 何というわけじゃない。
 訳の分からない感情が渦を巻いていた。
 普通じゃない世界なのは分かる。
 あれだけの人前で一人でステージに立っている。
 怜の目が桐生だけを見ているのが分かった。
 桐生も怜だけをみていた。
 観客はいたけど、あれは二人にしか分からない世界だ。
 宗は桐生の中で最近は怜の弟という位置づけになったのか表情が普通になってきていた。
 でも怜に向けるような頼るような、甘えるようなものはない。
 ……当たり前だが。
 いったい自分は何を思っているのか。
 宗が桐生の特別になりたかったのか?
 いや、いくら綺麗だって桐生だって男だ。
 でも怜は桐生を抱いている。
 初めて抱かれただろう日の翌日に歩けない桐生を実際見ているし、だからといってべつにそれに宗は何も思わない。
 では一体この複雑な感情は何なのか?
 …いまさら別にいい事だろう。
 桐生と怜の間には誰にも入り込めない繋がりが見える。
 それを割ろうと思った事もないのだから。
 だが…、今日は家に帰りたくない気分だ。
 どこに行こうか…。
 宗は通りを横切ろうとした。
 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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