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熱視線 練習曲~エチュード~6

 「あれは何をしているんだ?作曲?」
 「ん…まぁ。怜さんは作曲はしないの?」
 「しない」
 なんだ、しないのか…ちょっと残念。
 「でもジャズのアレンジとかはするでしょ?」
 「それはな」
 怜は明羅がラフマニを聴きたいと言ったからか楽譜と睨めっこしている。
 明日、弾いてくれるのだろうか?

 思わず期待して怜の顔を覗きこんだ。
 「…なんだ?その目は?…ったく…。明日な」
 明羅はこくりと頷いた。
 「…あとは?」
 もっとリクエストを聞いてくれるのか。
 「……激しいのが聴きたい」
 「うぇ~。全部?」
 「いえ、全部じゃなくていいけど…怜さんはどういうのが好きなの?好きな作曲家は?」
 「特にないな。気分でという事はあるけど…コレといって、はない」
 「…だよね…。だってどれもいい、から…」
 そうどれもが明羅の望む音だった。
 「なんだ?愛の夢はダメだしされたぞ?」
 「ダメだしじゃないよ。ちょっと愛が足りなかっただけで」
 怜がくくっと笑った。
 八重歯が覗いて明羅はどきっとする。
 笑うと少年みたいな顔だ。明よりも怜は10歳も上なのに。

 「あ!ねぇ、誕生日っていつ?」
 「ん?ああ、そういえばもうすぐだな」
 「え!!そう、なの…?」
 「ああ。8月4日」
 あと五日後…。
 「お前は誕生日いつ?」
 「冬だよ2月。あ、日にちは一緒4日」
 「…覚えやすいな」
 確かに。
 明羅も頷いた。
 「しかし、今日みたいなのでいいのか?仕上がっているってほどじゃないだろ?」
 そんな事はない。明羅は首を振った。
 「十分だよ…」
 「まぁ放心状態見れば分かるけど。しかしお前がいるとただだらだらと弾けないな…」
 「別に俺の事は気にしないで」
 「いや、気にする。毎年いつお前にダメだしされて今年は来ないんじゃないかと毎回お前の姿を見るまではらはらしてたもんだ」
 「…え?」
 明羅は目を丸くした。
 「うわ。でかい目」
 怜が笑った。

 「毎年お前が恐かった。それが一番緊張した。で姿が見えるとああ、今年も来てると安心した。…一回開演ぎりぎりに来た事あっただろ?」
 「……あれは途中で事故あったみたいで…」
 何回目の時だったろう?確かにあった。
 「あん時はほんと心底安心した。ああ、まだ見捨てられていないと思ったもんだ」
 怜が自嘲のような笑みを浮べた。
 まさか怜が毎年そんな風に明羅を見ていたとは全然知らなくて思わず顔を俯けた。
 顔が熱い。

 「多分、もう…なにがあっても、どんな弾き方でも…怜さんは怜さんで…俺、離れられないと、思う」
 「………嬉しいんだが…。だからどうしてお前が言うと告白にしか聞こえないだろう?」
 「ちがっ!」
 明羅は慌てた。
 だがさらに顔は真っ赤になって耳まで熱くなる。
 「だから、その顔もやばいっつぅに。まぁ、置いといて。だらだら弾いても?」
 「うん。ハノンだってスケールだって」
 「…あっそ」
 怜が呆れたように言うが明羅はこくりと頷いた。
 

 「お邪魔します」 
 「おう」
 シャワーを借りてベッドに乗っかった。新しい下着まで生方は買ってきてくれたのでもうぶかぶかではない。
 「明日、午前中は買い物いくぞ」
 「買い物?」
 「そ。食材」
 「あ…俺いるから…」
 「気にしなくていい。お前がいるのは張り合いが出るらしい」
 「?」
 「家には連絡入れたのか?」
 「ちゃんと入れたよ。どうせ親はいないし。二階堂 怜の所にいるからって言ってあるから」
 「は?」
 怜はきょとんとした。
 「…それで通じる?」
 「うん」
 怜は首を捻っていた。

 「おかしくないか?」
 「全然」
 うちは特殊だから、と明羅は心でくすりと笑った。
 「まぁ、大丈夫ならいいけど」
 「…怜さんこそ…。本当に俺、邪魔じゃない?」
 「それが全然。お前が籠もってる時は物足りない位だった」
 どうしよう、嬉しいかもと明羅は顔が緩む。
 コンサートの最後に来年は来るのやめようか、などと思った事などもう吹き飛んでいた。
 怜の音だけが欲しいと思っていた。
 でも今は違う。
 音も勿論だが、音がなくてもこうしていられるのが単純に嬉しいと思えた。
 なんでこんなに自然に感じるのか。隣にいるのが苦じゃない。不思議だとじっと怜の顔を見た。
 
 

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