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熱吐息 accelerando~急速に~1

 「うわっああっ!!!」
 瑞希は思いっきりブレーキを踏んだ。
 ドン、と鈍い感覚が車に走った。
 ハンドルに顔を突っ伏す。
 心臓が思い切り激しくどくどくと鳴っている。
 スピードは出ていなかった。きっと大丈夫。
 震える身体で瑞希は外に出た。
 「い、…つぅ…」
 スーツ姿にコートの背の高い若い男だった。
 見た所血は出ていないけど、身体は横に倒れていた。
 「あ、の……すみません…大丈夫、…じゃ、ない、ですね…病院に…」
 「ああ?あんたの車?」
 「…はい…」
 浮かれすぎていたのがいけなかったんだ。
 どうしよう、と頭の中は真っ白でパニックを起こしている。
 「病院、行かないと」
 「別にいい。…つぅ……」
 男の人が立ち上がりながら顔を顰めた。
 どこか怪我してる…?
 どくどくと心臓がうるさい。
 周りの人も何事かと集まって遠巻きに見ている。
 「おい、あんた。警察呼ぶ?」
 顔を顰めながらその人が聞いてきた。
 警察?
 どうしよう人身事故なんて起こしたなんて知れたら就職取り消されるかもしれない。
 でも、事故…。
 自分が人身事故…。
 「ちょっと?聞いてる?あんたの方がよっぽど普通じゃなさそうだけど。俺は面倒だから呼ばなくていいぞ」
 そう言いながらやっぱりその人は眉を顰めている。
 「…どこ、か怪我…?」
 「足。捻った位だからいい。ちょ、周り人集まりすぎる。警察呼ばないなら行ったら?」
 行ったら…ってまさか、そんな訳にいかない。
 「あの…警察はちょっと…でも、あの、じゃ、病院に」
 「いいよ」
 「でも、足…」
 「ああ、…歩くのは、ひどいかな…タクシーでも捕まえる。それとも乗せてくれる?」
 「の、乗って!」
 男を助手席に乗せた。
 ミニの小さい車に男が窮屈そうに乗った。
 「びょ、病院、…どこ…」
 「あのさ、まずいいからここ離れろ。ゆっくりでいいから」
 低い声に瑞希はこくこくと頷いてゆっくり、そっと、慎重に車を出した。
 考えてみれば今ぶつかったのに、ぶつかった車に乗ってぶつけた自分が運転ってまずいんじゃないだろうか?
 「あ、あの…」
 「いいから前向いてもうここから少し離れろ」
 「う、うん……」
 心臓はまだばくばくしてるし、手も震えている。
 「たいした事ない。大丈夫だから」
 安心させるような男の声に少しずつ落ち着いてくる。
 「あの、すみません…。その、俺就職決まってて…、それと今日、この車来たばっかりで浮かれてた、のかも…」
 「今日!?……そりゃまた…」
 くっと男が笑った。
 「就職決まってる、ね。それで人身はまずいな」
 「でも!俺…」
 ばっくれる気なんてない。
 「いいよ。たいした事ないって言ってるだろ……そうだな…あんた一人暮らし?」
 「え?あ、うん…はい」
 「じゃ、足治るまで置いてくんない?それでいいよ。俺ん家帰っても誰もいないからもし腫れたり熱出たりしたら大変だなぁ」
 瑞希はこくこくと頷いた。
 「いい!けど……うち狭い、です」
 「別にいい。じゃ、途中薬局寄って。湿布買うから」
 「いい!俺出すから」
 「いいよ。替えのパンツとかも買ってくるから。ただ足は痛いからついて来て」
 「それは、勿論です」
 大人っぽい男の人。スーツとコートが似合っていて、手足が長い。そして痛みからか顔を顰めている。
 「…やっぱり、病院」
 「いいって。病院行ったら事情説明しなきゃいけなくなるだろ」
 本当にいいの、かな、瑞希は男の顔を伺うように見た。
 「…前。またぶつかるぞ」
 はっとして瑞希は前を向いた。
 自分のアパートの近くの大きな薬局に車を停めた。
 動揺はまだ激しくて物事が考えられない。

 その時瑞希の携帯が鳴った。
 バイト!すっかり忘れていた。
 「も、もしもし…す、すみません…今日、ちょっと…休みます。はい…え、と…大丈夫、です。すみ、ません」
 声が上擦っていて普通じゃなくてすぐにオーナーも何かあったのかと気付いてくれたけど、まさか事故起こしたなんて言えなかった。
 電話をしまって瑞希は大きく溜息が漏れた。
 「…バイト?」
 「え、と…はい…。でも、いいから」
 瑞希は運転席を降り、助手席に回った。

 男が顔を顰めながら歩く。
 「歩かないほういい…やっぱり、病院」
 「いいから。ところであんた住んでるのこの近く?」
 「え?…そう、です」
 「………ふぅん」
 何かダメだったんだろうか?
 男が微妙な表情をしていた。
 
 

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