しばらくしてドアのノックされる音が聞こえた。
「いい。俺だろ」
宗が動こうとした瑞希を止めた。
「おう、すまない」
「こちらで構いませんか?」
「…いい。悪かった。俺しばらくここにいるから」
「畏まりました」
「ああ、それと…」
宗の声が聞こえなくなった。なにかこそこそと話しているらしい。
畏まりました、って言われる人なんだ。
何やってる人なんだろう…?
でも宗は教えてくれない。
「宗さん……」
来た人が宗を呼んだのが聞こえた。宗という名前は嘘じゃなかったんだ、と瑞希はほっとした。
ほっとした?
人なんか信じちゃいけないだろう。
そうだ、宗が金持っているなら貰えばいいんだ。
ここにいたいって言うなら。
宗は嫌いじゃないし、かっこいい…。
瑞希はそう思いながらも顔が歪んだ。
「……なんつう顔してる」
戻ってきた宗が瑞希の顔を見て呆れたように言った。
「……どんな?」
「どんな…といわれてもな…」
「ね……面倒見る、って…俺を買ってくれるの?」
「買おう」
「いくらで?」
「いくらでも」
瑞希は目を剥いた。
「じゃあ1千万」
「……分かった」
宗が頷いたのに瑞希が慌てた。
「馬鹿じゃないの!1千万なんてあるわけないでしょ!俺にそんな価値ないし」
泣きたくなってきた。1千万というふざけた金額でも頷く宗に向かってなのか、そんな馬鹿な事を言った自分になのか、そんな価値のない自分になのか。
「…泣くな」
「泣いてないっ!じゃあ買われる」
「よし」
買ってもらえればもう少し、宗が飽きるまでなら一緒にいてくれるだろうか?
すぐに飽きてしまうだろうけど。
それまで勝手に初めての恋人気分を味わってもいいだろうか?
あくまで勝手に、だ。まぁ、1千万というのは嘘だけど。
だって宗は別に男に興味ないって言ってたし。たまたま自分が傍にいたから手を出しただけだろう。
「じゃ、食うか」
「食う?」
狭い玄関というほどでもない、玄関に紙袋の山が置かれていた。
「…何?」
「食いもん。こっちが昼用。こっちは夜用だから後でな」
紙袋から出てきたのは有名レストランのサンドウィッチとサラダ、他にもつまめそうな料理。
「ど…したの?」
「だから届けてもらった」
届ける~?テイクアウトとか聞いたことないけど?
世界が違う。
どう見たってこの部屋に合うはずのない立派なローストビーフが豪快に挟まっているサンドウィッチを頬張った。
「すっごい!うまい!」
「それはよかった」
すごい!きっと人生で一番豪勢な食事だ。
やっぱりこの人住む世界が違う人なんだ。
瑞希は顔を俯けた。
「どうした?」
「ん?うんん?」
ふるふると瑞希は頭を振った。
「…ね、さっきの人は…どういう人…?」
宗は答えてくれるのだろうか?
「あ?ああ。将来的に俺のブレーンの予定の奴だ。今はまだその準備ってとこだな」
ブレーン?
何の?
瑞希は頭を捻る。
今はまだ、将来?
じゃ今は何してるんだろう?
「…そのうち、な」
そのうち?教えてくれる気はあるのだろうか?
…でもそこまでもつかどうか分からないし別にいい。
「…別にいいよ」
瑞希が答えれば宗が眉を顰めた。
でも宗はそれ以上何も言わなかった。
「おいしい…」
瑞希はごまかすようにサンドウィッチを頬張った。
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