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熱吐息 accelerando~急速に~10

 しばらくしてドアのノックされる音が聞こえた。
 「いい。俺だろ」
 宗が動こうとした瑞希を止めた。
 「おう、すまない」
 「こちらで構いませんか?」
 「…いい。悪かった。俺しばらくここにいるから」
 「畏まりました」
 「ああ、それと…」

 宗の声が聞こえなくなった。なにかこそこそと話しているらしい。
 畏まりました、って言われる人なんだ。
 何やってる人なんだろう…?
 でも宗は教えてくれない。
 「宗さん……」
 来た人が宗を呼んだのが聞こえた。宗という名前は嘘じゃなかったんだ、と瑞希はほっとした。
 ほっとした?
 人なんか信じちゃいけないだろう。
 そうだ、宗が金持っているなら貰えばいいんだ。
 ここにいたいって言うなら。
 宗は嫌いじゃないし、かっこいい…。
 瑞希はそう思いながらも顔が歪んだ。

 「……なんつう顔してる」
 戻ってきた宗が瑞希の顔を見て呆れたように言った。
 「……どんな?」
 「どんな…といわれてもな…」
 「ね……面倒見る、って…俺を買ってくれるの?」
 「買おう」
 「いくらで?」
 「いくらでも」
 瑞希は目を剥いた。
 「じゃあ1千万」
 「……分かった」
 宗が頷いたのに瑞希が慌てた。
 「馬鹿じゃないの!1千万なんてあるわけないでしょ!俺にそんな価値ないし」
 泣きたくなってきた。1千万というふざけた金額でも頷く宗に向かってなのか、そんな馬鹿な事を言った自分になのか、そんな価値のない自分になのか。
 「…泣くな」
 「泣いてないっ!じゃあ買われる」
 「よし」
 買ってもらえればもう少し、宗が飽きるまでなら一緒にいてくれるだろうか?
 すぐに飽きてしまうだろうけど。
 それまで勝手に初めての恋人気分を味わってもいいだろうか?
 あくまで勝手に、だ。まぁ、1千万というのは嘘だけど。
 だって宗は別に男に興味ないって言ってたし。たまたま自分が傍にいたから手を出しただけだろう。
 
 「じゃ、食うか」
 「食う?」
 狭い玄関というほどでもない、玄関に紙袋の山が置かれていた。
 「…何?」
 「食いもん。こっちが昼用。こっちは夜用だから後でな」
 紙袋から出てきたのは有名レストランのサンドウィッチとサラダ、他にもつまめそうな料理。
 「ど…したの?」
 「だから届けてもらった」
 届ける~?テイクアウトとか聞いたことないけど?
 世界が違う。

 どう見たってこの部屋に合うはずのない立派なローストビーフが豪快に挟まっているサンドウィッチを頬張った。
 「すっごい!うまい!」
 「それはよかった」
 すごい!きっと人生で一番豪勢な食事だ。
 やっぱりこの人住む世界が違う人なんだ。
 瑞希は顔を俯けた。
 「どうした?」
 「ん?うんん?」
 ふるふると瑞希は頭を振った。
 「…ね、さっきの人は…どういう人…?」
 宗は答えてくれるのだろうか?
 「あ?ああ。将来的に俺のブレーンの予定の奴だ。今はまだその準備ってとこだな」

 ブレーン?
 何の?
 瑞希は頭を捻る。
 今はまだ、将来?
 じゃ今は何してるんだろう?
 「…そのうち、な」
 そのうち?教えてくれる気はあるのだろうか?
 …でもそこまでもつかどうか分からないし別にいい。
 「…別にいいよ」
 瑞希が答えれば宗が眉を顰めた。
 でも宗はそれ以上何も言わなかった。
 「おいしい…」
 瑞希はごまかすようにサンドウィッチを頬張った。
 
 

テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学

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