「んっ!」
ひやりと額に冷たいのを感じて千聖は声をあげた。
「すみません…起こしてしまった…?」
囁く声は彰吾か?それでも千聖の目は開かない。
「冷却シート買ってきましたので貼りました。スポーツ飲料も買ってきましたが…飲みますか…?」
「…ん」
確かに喉が渇いている。目を閉じたまま頷くと、失礼します、という声と身体を起こされるのを感じた。
「ゆっくり…飲んでください」
口にペットボトルがあてがわれたのに言われるがまま口をつけ、こくこくと喉を潤した。
すると熱で火照った身体に水分が行き渡ったような感じになる。
「あ、りがと…」
うっすらと目を開けると彰吾の顔があった。
「……ひどそうですね」
「寝てれば…大丈夫……だ。……悪い…な」
「いいえ」
彰吾はただの職人なだけのはず。ここまでしてくれる必要はないはずだが、きっと千聖が一人だと分かってこうして親切にしてくれているだけだ。
「また…来てみます」
そっと額から頭を撫でられたのが分かった。おいおい、それは男にする事じゃないだろう?…少し位は彰吾も脈があるのか…?
…いや、ただ単に千聖が弱ってるからなだけだ。
彰吾は根っから優しいか、親切なだけなのだろう。それなのに期待してしまいそうになる。
……期待?何を?
ちょっとお相手…じゃなくて…。
……彰吾の手が気持ちよかった…。お姫様抱っこに浮かれた…。
そんな事が、だ。
抱き起こしてくれた背中に感じた手も大きかった。
仕事の時の腕や手にも見惚れる。ちょっとした表情にも、だ。
いや、好みなんだから当たり前だよな。
そうだ…元々好みなんだから。自分に言い聞かせ千聖はまた静かに目を閉じた。
かちゃりと静かにドアが開いた音にはっと千聖が目を覚ました。
「長澤さん、起きてましたか?」
「いや…今、目を覚ました」
昼間よりもいくらか楽になったか…?
半身ベッドに身体を起こそうとしたら彰吾が慌てたように千聖の身体に手を添えてきた。
「…大丈夫だ」
「そう、ですか…?だいぶ辛そうでしたが…」
いつの間にか部屋の電気もついていた。
「電気…彰吾が…?」
「すみません…勝手に何度も出入りしてましたが…」
「ああ、いいよ。ありがとう…」
はぁ、とやはりまだだるい身体に溜息を漏らす。
「どうぞ」
「…ありがとう」
彰吾に差し出されたペットボトルを手に取ってこくりと喉を潤した。
その動作一つにも溜息が出る。
ふっと視界が暗くなったと思ったら彰吾が千聖の顔を覗きこみ、額の半分剥がれた冷却シートを剥がし取ると額に手を押し当ててきた。
「…まだ熱ありますね。……夜も一人…」
「大丈夫だ…。多分…。……それとも彰吾、ついててくれる?」
千聖はこくんと小さく生唾を飲み込み冗談めかして聞いてみた。
「…………」
答えない彰吾に千聖がちら、と視線を向けた。
「………その方がいいなら。…………」
はい?今なんつった?泊まるって?マジで言ってるのか?こいつ?
でも何故か彰吾が難しそうに考え込んで眉を顰めていた。それでなくとも彫りの深い顔がさらに眉と目の間が狭まっている。
「………正直、ちょっと俺が家に居辛いっていうのもあるんですけど…」
「家に…?」
彰吾が千聖の背中に手をかけて千聖を横にしてベッドの端に腰かけた。
ちょっとエロいシチュエーションにどきりとしたけど、コイツはただ千聖が具合悪いと思って横にさせただけだ!と自分に言い諭す。
「……外、もう暗いな…職人は…?」
「皆帰しました。俺はここから歩いても15分位で着くので」
「…あ、そうなの?」
そんなに近かったんだ?そういや一番初めに夜に来た時も電話終わってすぐに来たな、と千聖は思い出した。
「…じゃあ、持ちつ持たれつで泊まる?」
「…………長澤さんが嫌じゃないなら」
「全然!」
むしろ大歓迎だ!
「…じゃあ一回帰って着替えてきます。そうだ、家政婦さんが具合悪いならと雑炊を作っていってくれましたが持ってきますか?」
「後でいい。じゃあ彰吾は着替え持ってきて」
「…………」
彰吾が小さく頷いたのにくすりと千聖は笑った。
「彰吾?今は仕事の時間じゃないけど?」
千聖が言うと彰吾がくっと笑った。
「そうだな、千聖」
ぐっと千聖の心臓が締め付けられた。
まさか彰吾からそんな返事が返って来るとは思ってもいなかった。
「じゃあ、ちょっと行ってきます。なんか欲しい物とかは?」
「特にないよ」
頷いて姿を消した彰吾に千聖は顔色を変えないように気をつけていたがその実心臓がうるさいほど高鳴り、頭の中は小さなパニックを起こしていた。
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